ショコラティエの恋

幸せな家族はいずれも似ているが
不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある

これは「アンナ・カレーニナ」の
有名な冒頭部だけども
トルストイのこの真理をついた一文は
他の作家や脚本家に様々に変奏されて
たくさんの物語を生み出してきた

幸福と不幸だけでなく
成功と失敗、満足と不満足
美と醜さ、純潔と腐敗などだね

ここで大事なのは
幸福や成功、美や純潔というのは
どんな光景やどんな分野をまたいでも
「一貫する共通性がある」ということ

溢れるような光に満ちているのであり
それはどれも同じものにある

喜び、嬉しさ、感謝、充実感、

その「同一な感じ」は
なんとなくイメージできるのではないかな

 

孤独な泡

しかしその反対側に置かれるもの

つまり失敗や不幸や醜さなどは
無限のバリエーションがある

だからここに
「一なるもの」と「多なるもの」がみえてくる

そしてこの構図は
私たちの本当の姿である「一者」と
そして個別の幻想に切り離されている
「個々の魂」に重ねることができる

“私たち”とは
大きなひとつの泡のなかに
無数の泡が生まれているようなもの

つまり本当はひとつであり
それは満ちたものであるけども
「普段の私たち」は
個別の孤独な存在としてある

幸せの”なか”で無数の不幸が
さまよっている様子にある

 

元々暮らしていた場所

そうなると
「不幸」とはなんだろう?となるね

変な言い回しになるけども
不幸は本当に不幸なのだろうかということだ

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