現実が変えられなくても大丈夫

どうして自分だけがこんな境遇で生まれてきたのか。どうしてこんなに人生は苦しいのか。

これは人類普遍の問いだといえる。つまりあなただけではない。

私たちは自分の状況を基準としてこの世界を体験しているから、他人の姿や社会の状況に対していつも不条理を感じている。

だがこの不条理と戦い続けなければ、自分は存在が許されない、つまり生きていけないわけで、そのために他人の顔色を伺い、押し付けられた社会のルールに爆発しそうな気持ちを抑えて今日も過ごしている。

とはいえ、どれだけの金持ちになろうとも、他人を支配する立場になったとしても、やはり不条理はつきまとう。

じゃあこの煮え切らない世界の景観は「一生このままなのか」といえばそうだ。そもそもその「煮え切らなさ」こそが、この現実の正体であり、そしてそれこそが、あなたがここに存在している唯一の根拠であるからだ。

だからここで「この世」に対する根本的な理解を180度ひっくり返す必要がある。

それは「この世」は、あなただけが知っている世界だということである。

同じ苦しみを誰もが抱えている

つまりこの現実とは、己の外側に開いているのではなく、常に己の内側で認識されているものにすぎない。

そして大事なのは、”人間の世界”で「人間をやっているすべての存在」が、あなたとまったく同じ苦痛や苦悩に支配されているということにある。

仮にあなたが生まれながらに体にハンディキャップを抱えていて、それによって生きていくことに苦痛を抱えているとしよう。

「どうして自分はこうなんだ、このハンデがなければもっと他の人たちのように生きられるのに」といつも感じている。

だがその「他の人たちの”姿”」は実在のものではない。

つまりあなたの抱えているハンデと身軽に見えている他の人たちはワンセットとして、すなわち「1枚のコインの表裏」として現れている。

だから”誰もが”苦しみながら「この世」を体験しているが、単にその見え方が違うだけとなる。

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