不幸そのものになるとき不幸を超越する

あなたの人生、状況はどうかね
もし不幸だと感じているのならば
その不幸の中にダイブしなさい

不幸の中に入ると
途端にあなたは不幸を感じなくなる
つまり離れた場所で怖々と見ているから
それが不幸として成り得るのだ

不幸の中へダイブする
その水の中で自由自在に泳ぐのだ
一度やってみなさい

そうしてすべてはありのままだということ
そこに気付くことができると同時に
他人は実在しないことがわかるようになる

釈迦はこのように言った
「他人はいると言えばいるし
いないと言えばいない」

その通り

あなたの知る誰かは
あなたの印象だけだ
実際のその人ではない
そもそも人ですらない
「人」というものは
あなたの創り出した幻想なのだ

つまりあなたが不幸だとするとき
それは比較により生まれる
あなたが生まれながらの
苦労を背負っているとして
それはなぜ苦労と定義したのかね

同じような荷物を背負っていない人を
知ったからだ
その人を知らなければ
それがごく当たり前の
初期設定だったことになる

あなたがアッパーイーストで暮らす
御曹司ならば不幸だ
自爆テロが頻発するパキスタンで
生まれたとしても不幸だ
だがそのどちらでもないあなたも不幸だ
なぜならば金持ちで苦労知らずの御曹司の存在を
あなたが作ったからだよ

そんな人はいない
あなたのマインドのなかにだけ存在するがね

街を歩けば
たくさんの人々が目に入る
そのすべてに「印象」があるだろう

おかしいとおもわないかね
全部あなたが作っているのだ
自己創作して自己解釈する
それがあなたの生きている世界

なんにしても
その世界に溶けない限り
いつでも不幸になる
あらゆるものを作り出してしまうからだよ
すべて幻想といわれる所以は
あなたの妄想によるものだ

手を広げてみなさい
光が当たる部分と陰の部分があるだろう
日頃あなたは陰しかみていない
「手」というすべて同時にある
その全体になるのだ

それが不幸にダイブするということ
そうして光の部分も陰の部分も
なくなる

つまりあなたが世界そのものになるのだ

不幸そのものになる時
あなたは不幸を超越する

 

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