顔の泥は自分ではみえない

誰かに何かを言われてその場では遠回しに否定したけども、あとになってフツフツと怒りが沸いてくるときがあるだろう。

「いったいどういうつもりなんだろう?」「自分だって同じくせに偉そうに言いがって」「つぎ会ったらこう言ってやろう」

おかげでお風呂も布団の中でもその人のことで頭がいっぱいだ。

でも同時に「他の人からも同じように思われているのかな」「でも自分では絶対にそうは思えない」なんて気持ちもある。そういう不安さから「あいつも自分もことをわかっていないはずだ」なんて矛先に変わって、ますます憎悪が膨らんでいく。

いいかい、自分の顔の泥は自分ではみえないものだ。

だから他人のことはとてもよく見ることができる。でも自分がどんなであるのかはわからない。ここにすべての根源があるのだよ。

「じゃあ私はあいつの言う通りだってこと?」

そうだ。あなたは人々の言う通りに見えている。たとえその人が不機嫌で、憂さ晴らしにあなたを罵ったことでさえも、その言ってる内容は正しいものだ。

「でも明らかに事実と違うことを言うひともいるけど」

その人がそう見えているのだ。この意味をよく理解しなければならない。それはその人にとって正しいものだ。世界は人それぞれに広がっている。あなたが不幸に感じていても一緒に暮らす家族はとても幸せかもしれないのだ。

だからあなたも他人に対していろいろ思ったりするのであり、そしてその相手も自分の欠点に気付かずになんでも言ってくるのだ。だがこれはみんな同じ。人は「自分から見えるものしか見えない」のだ。

苦悩から脱したいならば、まずはここまでをよく理解することが重要だ。

 

自分とはいったい誰なのか

では核心に進んでいこう。

「自分から見えるものしか見えない」
「自分の顔の泥は自分ではみえない」

つまりあなたの生きている世界に自分は実在しておらず、他者の言動について「思い煩う気持ち」だけが漂っているのだ。それが「自分」の正体となる。言い換えれば、

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録はお済みですか? 会員について

この記事を保存・共有できます。

Notes , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , ,

コメント・質疑応答

会員記事のコメントは記事上ではログインしないと表示されません。
会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名を希望の方はこちらで申請してください。
連続投稿する場合は「自分の最初のコメントに返信」してください。
記事に無関係なコメントは禁止です。良識の範囲内でご利用ください。
業者からのスパム広告を防止するシステムを採用しています。短期間内に連続投稿をするとシステムにスパム登録されてしまい一切の投稿ができなくなりますのでご注意ください。

  1. ダテキヨ より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
  2. tamatama3 より:
    このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。

コメント・質疑応答

  関連記事

人生の違和感を超える
人間の世界
カタチの世界が崩れ去るとき
新しい自分を生きると世界もどんどん新しくなる
操りの糸を断ち切る
強烈に幸せになる瞑想
光背を放つ瞑想
自分を殺さず生きるということ