2つの影

以前暮らしていた古いアパートがある
駅と踏切のすぐ近くだ

部屋の窓のすぐ外には線路があって
カンカンという警報音がいつも騒がしい
遮断機が常に降りているので
近所では開かずの踏切といわれている

お盆の墓参りを終えて
なかなか通してくれないその踏切に
つかまっていた

当時の私といえば
人間関係や生活苦に打ちのめされて
この巨大な世の中で
どうしていいのか
まったくわからなかった

そういえば近くにある公園のベンチで
何時間も途方に暮れていたことがある

その日はお得意さんから大きな仕事を
もらえる予定だった

前の晩、妻は「じゃあお祝いね」と
冷蔵庫のなけなしの食材から
手の込んだ料理をつくってくれた

だがあくる日にそのお客から
あれは冗談だったといわれ
手作りの弁当を抱きしめるように
静かに公園の親子たちの姿をみつめていた

 

1.

たぶん誰も悪くないのだろう
その客も妻も私も

みんなそれぞれ自分のできる
精一杯のことをして生きている

ならこの苦悩は
いったい何が原因なのだろう

まるで飲み合わせの悪い薬のように
それぞれ単体では癒してくれるが
相互作用的には辛い結果となる

もちろん妻を愛しているし
そのお客の彼とも長年の親しい仲だ
そして私は自分を信じてやってきた

そればかりか寝床があることや
水道や電気が使えること
スーパーには全国各地の作物が並び
いざというときの病院や役所があること

つまり人間として暮らせているすべては
素晴らしい

みんな輝いている宝石なんだけども
この関係性によって
私は雁字搦めにされてしまう

これまで何度も難局に立たされてきたなかで
薄々気づき始めていた
同じ生き方や捉え方をしている限りは
この苦悩は消え去らない

だけども現実の状況を変えることは
不可能に等しい

じゃあ一生このままなのか

むしろこのままが続くなら幸せなことだ
悲惨になる一方だろう

だから他に選択の猶予はなく
この「使いかたのわからない気づき」を
私はもっと探ってみることにしたわけだ

 

2.

それからというもの
まるで探偵にでもなったかのように
日常のどんな小さなことも
参考材料にするようになった

たとえば毎朝鏡の前に立つわけだが
自分の顔というのは
直にみることができない

これは宇宙の原則のひとつといえる

鏡で自分の顔を知るとき
そこにはどのように映っているだろう?

その映る顔は”常に”
他人の目から見た自分がどうであるのか
を表している

だから鏡というのは
二重の反射が起きていることになる
鏡を見た瞬間に
そこには己の心が投影されるのだ

自分はこうであるだろうとか
自分はこう思われたいとか

希望であれ絶望であれ
常に「他者の目としての自分」が映る

疲れた顔に感じるならば
”他人には”そう見えているのだろう
という憶測があるわけだが
そこには心が何かを訴えたい気持ちが
秘められていることがわかる

すなわち自分の姿とは心の訴えの表れであり
それは「他者の姿を通じて現れる」ということ

つまり鏡はそのヒントにすぎず
私の眼前に現れる人々や物事
夕焼けに染まる街の様子にいたるまで
つまりこの現実世界そのものが
己の心の様子の現れであるということだ

 

3.

だから私が知る私自身の姿や健気な妻の姿
また私の生活の命運を片手で転がす人たちは
その「印象」において
私が作り出しているのである

つまりその「印象」について四苦八苦し
ときに喜んだり切なくなったりする
生活の安定さえも印象的なものであり
不幸でさえも印象的なものだ

印象は五感を通じて起こる実際的なものと
悩みのように空想から起こるものとがある

そうやって生起した印象は
何度か繰り返されるうちに
当初のそれとはかけ離れたものになる
つまり観念化するわけだ

五感・空想→印象→観念化

だから同じ経験が繰り返されるとき
それはあるがままとはかけ離れた
欺瞞に満ちたものとなる

たとえばいま私が踏切の音を聴けば
自動的に当時の苦しい暮らしが蘇るように
まるで折り紙の「折り目」のように
一度つけた「癖」はなかなか修正できない

脳神経科学的にいえば脳の中枢部である
記憶を司る海馬のニューロンのパターン
つまり新しい状況に直面したときに
過去の記憶を呼び覚ましそれを照合して
判断や認識をするという機能の「基準」は
「紙の折り目」と同じだといえる

つまりその折り目(観念)が重なりあって
この現実が「このように見えている」わけだ

だから現実は観念に偏ったものであり
それはいわば「自分の都合」によって
支配された世界でしかない

街を荒らす泥棒を捉える警察官に
誰もが頼もしさを感じる
やっぱりちゃんと税金を払うべきだな
彼らはこうして役立ってくれるのだからと思う

だが少し目を離しただけで
自分の車に駐車違反を切る警官には
その融通の利かなさに憤りを覚える
税金を奪い取って給料をもらってるくせに
大目に見てくれたらいいのにとなるわけだ

「ただ職務を果たしている警官」がそこにいるが
人はそのあるがままを捉えることができない

つまりこうして「重なり合った折り目」に
よって生じる場が自我なのだ

ゆえにこの世とは自我そのものであり
「薬の飲み合わせ」を変えるには
物事をそれぞれを突き詰めるのではなく
私自身が変わらなければならなかったのである

仏教のいう因縁生起とは
そういう網の目が元々あるのではなく
絡み合いという意味づけをどのように
与えているかということにある

つまり己がそれをどのように
みているかによって
そこから「観念的に広がる様相」のことを
言っていたのだ

 

4.

ところがある難問に直面する

全文をお読みいただくにはご入会後にログインしてください。数千本の記事を自由にご覧いただけます。→ . またご入会や入会の詳しい内容はこちらから確認できます→ ご入会はこちらから


Notes , , , , , , , , , , , , , , ,

 

コメント投稿の注意事項

 以下をかならずお読みください。
・公序良俗に反する内容、品性に欠いた文章、その他、閲覧者に不快感を与えると判断された投稿は掲載不可の対象となりますのでご留意ください。コメント欄は常時多くの方が閲覧しておりますことをご理解の上投稿してください。
・会員記事のコメントはログインしないと表示されません。
・会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名をこちらで申請してください。必須。
・追記などを投稿する時は自分の最初のコメントに返信してください。
・記事に無関係な投稿は禁止です。良識範囲でお願いします。
・ハンドル名が変わっても固有idに基づき本人の同一性が保たれます。
・対応の状況によりすべてのコメントに作者が返信できるものではありません。
規定の文字数に満たない短文、英文のみは表示できません。また半角記号(スペースやクエスチョンマークなどの感嘆符)は文字化けなどのエラーになりますので使用しないでください。使われる場合は全角文字でご使用ください。
・他の利用者を勧誘や扇動する行為、誤解を与える表現、卑猥な表現、犯罪行為を正当化するコメントなどは禁止です。また全体の文脈の意図を汲み取らず言葉の端や表現に用いられた構成部分だけを抜き出してその箇所のみへの質疑や意見する投稿も当事者にも他の閲覧者にとっても無益となりますので禁止です。それら意図がなくても事務局でそのように判断された場合はその箇所を修正削除させて頂いたり、または掲載不可となりますので予めご了承ください。
・同一者の投稿は1日1〜2件程度(例外を除く)に制限させていただいております。連投分は削除させていただきます(コメント欄が同一者で埋まり独占的な利用になってしまうのを防止するためであり日を跨いだ投稿も調整させていただく場合があります)
・個人情報保護法により個人情報や会員情報に関する箇所が含まれている場合は該当箇所を削除させていただきます。
・投稿内容に敏感な方も多くいらっしゃいますので、暴力的な表現など他の利用者様へ影響を与えそうな文面はお控えください。
・意図的であるなしに関わらず、文章が途中で途絶えているものは掲載不可となります。もし誤って送信された場合は早めに追記として再投稿してください。
・マナーを守らない場合は規約違反となります。また他のユーザーや当事業部、作者への中傷や毀損と思われる言動は会員規約に則り強制退会および法的措置となりますのでご注意ください。
・投稿者による有料記事の大部分に渡る引用は禁止しております。
・スパム広告対策にセキュリティを設定しております。投稿後に承認待ちと表示される場合がありますがしばらくすると表示されます。また短時間の連続投稿はスパム投稿とみなされるため承認されません。時間をおいてください。
・コメントシステムはWordpressを利用しておりますので他でWordpressアカウント(Gravatar)を設定されている場合、アイコン画像がコメント欄に表示されます。会員登録されたメールアドレスで紐づきますので、もしアイコンを表示させたくない場合はお手数ですがこちらより涅槃の書の登録メールアドレスを変更してください。

  1. tamatama3 より:
    コメント交流をご覧いただくにはログインが必要です。
    • 涅槃の書-自分 より:
      コメント交流をご覧いただくにはログインが必要です。

コメント・質疑応答

  関連記事

-->