オーラとして他者を見るとき人間的な解釈は捨てられる

オーラが見えるというものがある
見えるとすれば見えるし
見えないとすれば見えないのだろう

それは猫が可愛いとか、
別に何とも思わないとか
そういう話だ

つまりあなたの世界の設定なのだよ
これらはすべて概念だから
あなたが自由に設定すれば良い
ロックが好きだとか、
アイドルが好きだとか
「あなた」という前提の中の要素だ

ただオーラという概念は
あるメリットがある

それは他者を「行い」や「性格」
「見た目」などで
判断しなくなるということだ

他者を光として見たとき
そこに優劣はない
好き嫌いもない
あるのは「すべてが生命」
それを受け取ることだけだ

どんな悪人も嫌な奴も
天使のような異性も
すべて光だ
すべて生命なのだ

マインドは過剰なまでに
自己優先のスタイルを貫く
つまりすべては「自分から見た印象」
が前提にある

だがすべてを光として捉えたとき
そこにマインドは印象を持てない
そのときマインドは光に溶け去っていく

光の中で闇が消え去るようにね

 

この記事を保存・共有できます。

Notes ,

コメント・質疑応答

会員記事のコメントは記事上ではログインしないと表示されません。
会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名を希望の方はこちらで申請してください。
連続投稿する場合は「自分の最初のコメントに返信」してください。
記事に無関係なコメントは禁止です。良識の範囲内でご利用ください。
業者からのスパム広告を防止するシステムを採用しています。短期間内に連続投稿をするとシステムにスパム登録されてしまい一切の投稿ができなくなりますのでご注意ください。

  1. 藤澤 より:

    涅槃さん

    今回のお話とても得心しました。
    どんな人も光でできている。
    いいも悪いも美も醜も光の色や模様
    いや、それすらもなく全てまばゆい光の渦と考えると、レッテルや感情が消え、暖かさを感じられます。
    ありがとうございます。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>藤澤さん

      オーラというそれ自体が「内容」を含まないもの
      つまり記号のようなものだ

      記号としてすべてを見ることができれば
      あなたは真実に近付くことができる

      多くの人は
      自分なりの解釈を通じて世界を見てしまうから
      すべてが歪んでしまう

      それを捨て去ることができればいいのだが
      人はそれがどういうものかも
      「想像できない」としてしまう
      だから「想像」してしまう

      そうではなく
      すべては思考から離れた場所にあるのだ

      その為のメソッド
      それが記号だよ
      つまりオーラ

      オーラすらも視覚的情報ゆえに
      光であれ渦であれ
      それらもマインドの察知だ

      だが「内容」がない
      ただの光のオーブだからね
      それが良いところだ
      つまりあなたの言う通り
      解釈で対象を見なくなる

      出会う人すべてを「オーラ」として受け取るとき
      あなたは印象で人を見ない
      性格や人格でその人を見なくなる
      ただ生命として
      ただ光として
      彼や彼女を感じるようになる

      オーラというジャンルとは
      オーラ自体がどうこうではなく
      真実という受け取り方に近付けるということなのだよ

      実際のところスピリチュアルという分野も同じ
      仏教もキリスト教もイスラム教も同じだ

      それら自体に力があるのではなく
      あなたを飛躍させる為のスプリングのようなもの
      あなたの見方、捉え方、理解、
      これまでの常識を溶かしてくれる作用を与えてくれる

      そうして世界を見るとき
      温もりも幸せも
      すべては自分がどのように捉えていたか
      つまり自分ですべてを作り出していた、
      そういうことがわかるのだよ

      あなたはそれでいい
      それを維持できるよう努めなさい
      いずれそれまでの概念が崩壊する
      少し不安になるときもあるだろう

      だけどもそのままでいなさい
      この世に悪はない

      悪はそれを捉える人が作っているのだ

コメント・質疑応答

  関連記事