意味にすら意味はない、すべてはあなたの中のお話

会議室で討論が行われる

それぞれが自らの主張を掲げる
聞いている側は
Aが言っていることが正しい感じもする
Bが言っていることも
聞いてみれば正しいと思う

そりゃそうだ
「すべて正しい」のだから
だが「正しいかどうか」を超えるとき
あなたは一段飛躍できる

その討論は会議室で行われている
つまり会議室からすれば
何が正しかろうが誤りだろうが
どうでも良いことなのだ
すべては会議室の中で行われている

討論は会議室という枠の中で
発生したカビのようなものだ
カビは会議室という温床なくしては
生まれることはなかった

ストライクであるとか
アウトであるとか
そういう野球の討論は
野球という世界が前提の中での
単なる要素である

では野球や会議室を超える視点、
文化、人類、地球、宇宙、意識
そのように段階を上げていくと
すべては何の意味もなく、
「何の意味もない」という”意味”ですら
その前提の中の要素だったことがわかる

スピリチュアルでは
よくこのような討論が繰り返される
だがね、
スピリチュアルという枠から外れれば
すべて何の意味もないのだよ

繰り返すが
何の意味もないという意味ですら
あなたという前提の中の単なる要素
意味に意味はない
そこに気付きなさい

だから全体を見極め
その中の小さな要素を超えることだ
その視点からその景色を見下ろしたとき
すべては正しいということがわかる
なぜならば
その枠があるから、それらがあるからだ

逆説とすれば
それらの要素がその枠を形成しているのだ
世の中にはいろんな人がいる
だから社会があるのだ

あなたが常にこだわる「どれが正解か」
一段上から見下ろせば
正誤に何の力もないことがわかる
すべて正しいのだよ

なぜすべて正しいのか
それらがあるから
その「場」があるからだ

あなたは「場」である
すべてを生み出すその空間なのだ
そこに生まれるすべては等しくい
ただあるがままに在るのだよ

 

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