妻
奥さんのいる旦那さん
居間で妻が嬉しがっている
寝室で妻が語りかけている
レストランで妻が喜んでいる
本屋で妻が読み耽っている
駅で妻が寂しそうだ
いいかい
奥さんとその風景
それらのシーンを表示するために
あなたがいるのだ
そのためにあなたは生まれてきた
あなたは実はいない
いるのは奥さんとその背景だけ
それを表すために「あなた」がそこにいる
だから大切にしなさい
それがあなたなのだから
オルゴールが小さな音を立てて鳴る
フィルムが回る
あなたはそれを見る
妻が微笑む
それがあなたなのだ
Notes あなたの世界, 他者, 幻想, 心, 生きる意味
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mmrc7さん
わからないものは飛ばすといいよ。
だが気づかなければならないのは、その「わからない」というのは本書やその他の解読に関するものだけではなく、あなたの人生全般に関わってくるということだ。
「わかろう」とするから「わからない」という結果が戻ってくるのであり、その疑問をあるがままにすることができるならば「わからない」ということを「わかっている」のだとわかる。
あらゆる疑問はあなたの手のひらで踊るようになる。
つまりいまのあなたは「意味のなか」を探ろうとしているから人生に迷うのだ。すべてがそこにあるだけのこと、それをそのまま認めることで人生のあらゆる難問は消滅する。
この世のすべてはあなたが勝手に意味があると思い込んでいるだけであり、実際は意味など存在しない。バス停はバス停ではないし、あなたのよく知る人々もその通りではない。あなたが自分の見たいように世界を見ているのだ。
あなたの「わかる範囲」の世界だけがあり、当然その範囲を超えるものは理解すらできない。見えているのに見えないという状態にある。
だから現在のあなたの「わかる」話をみつけたところで、そこからは何も得られることはない。それは結局のところ、同じ水槽のなかで泳ぎ続けるだけでしかないからだ。手記だけでなく人間関係もそうだよ。誰かの言動に腹が立ったり、理解できずに困惑したりするのは、おなじ理解の世界を繰り返しているからだ。
ゆえにいま人生が幸福でないならば、幸福はあなたの見えている世界の外にあるということだ。だから己の理解を広げること=あるがままを認めることを備えていく必要がある。
ちなみにこの手記が示しているのは、たとえばあなたと家族が食事をしているとき、そこに実在しているのはその光景という一者であるということだ。それはあなたが個我で世界をみている限りはわからない。
何十年も経っていつか家族が失われて、その思い出が美しく感じられているときにはじめて「ああそうか、あのとき幸せだったのは・・」と真実に気づくのだ。