キャラバンはいつも賑やかだ
はじめての場所や
知らない人々のなかを歩くとき
親しい人と一緒にいたら安心するだろう
ひとりで歩いているときは
周囲の目が気になって仕方ないのに
友人と一緒にいたら
そんなことはまったく気にならない
そんな状況をイメージしてみようか
さて、ではひとりのときは
何があなたに欠けているのだろうか
それはその友人のような
「知っている存在」があるかないか
そういうことなのだろうか
もしそうだと考えているならば
あなたはこの現実を超えられない
恋人やお金や地位や名誉
そんなものを拠り所にしてしまうだろう
つまり友人がそばにいてくれたから
安心できたのではないのだよ
なぜならあなたはその友人のことを
実は何も知らないからだ
よく考えてみるといい
それは誰なのかね
あなたはその友人のいったい何を
知っているというのだろう?
親でもそう
その人の何を知るのだろうか
あなたは何でも知ってるつもりで
その現実世界を生きているけども
本当のところは何も知らないのだよ
これはあなたの世界が
「知ってるものしか存在しない」という
逆説につながっていく
言いかえれば
それが何であるのかと勝手に
決めつけて見ているだけでしかないのだ
1.
この事実に気づくとき人は精神が耐えられない
疑う余地もなく関わっていた
「当たり前のこと」がなくなったとき
それまでの地盤が崩れ去ってしまうからだ
言ってみれば友人と一緒に
歩いていたつもりでいたのに
実はひとりで歩いていたことに気づくわけだ
さあ大変だ
ほんのいままで
友人といると思っていたから
満面の笑顔で歩いていた
だがひとりだったことに気づいたのだ
あなたは途端に心のなかに引きこもる
現実という恐怖があなたを襲いはじめる
大海の真ん中で置き去りにされてしまう
この何も知らない世界で
これじゃ安心できないと
再び心の拠り所を求めはじめる
だがそれは見つけることができない
なぜならあなたは
自分が何も知ることができないことに
気づいてしまっているからだ
自分が勝手に親友だと思っていただけで
相手は「たまたまそこにいただけ」であって
別にあなたと同じことを考えていたわけではない
みんな「自分のことをやっていた」にすぎない
だがあなたはその
自然なる世界が理解できない
だから型にはめようとしてしまう
だがすべては固体化せず
すべて砂のように崩れ落ちてしまう
そうして人間不信やらに繋がっていくわけだ
いまどうかね?
どこにいても誰といても
「ひとりぼっち」ではないかな?
このように
「当たり前のことがそうでなかった」と
知ることは不安以外の何ものでもない
どうして不安なのかといえば
大海に放り出されたということではなく
「心の拠り所とする何か」を
そもそも作り出していたからである
それが友人であり家族であり
勤務先であり自分のキャリアだった
もっと細かくいえば
タバコを吸う仕草に自分らしさをみていたり
何かのアイテムを備えることで
アイデンティティを見出していた
そうしたものがあなたを守っていた
あなたはそう思っていた
でもよく見てみることだ
それは本当は一体何であるのか
それに気づいてしまうとき
自分が途方もない空間に
ただ浮かんでいることを知る
勝手な思い込みで独りよがりの夢を
見ていたことに気づく
素っ裸で世界に
放り出された格好になったわけだ
ん?
よくきたね
「本当の世界」へようこそ
2.
まるで世界から疎外されて
部外者になってしまった感覚になる
しばらくは気持ちが落ち着かない
なにをやっても虚しさにしかならず
誰のことも信じられなくなる
なぜならその孤独に陥らないために
せっせと自分の世界を作り出していたのだからね
それが怖くてお金を失う恐怖や
仕事が完了しない不安から
逃げ続けてきたのだから
日々様々な出来事が起こるだろう
突然重い病気が発覚したり
恋人が浮気をしたり
会社が倒産して
支払いが困難になったり
家族が外で事件を起こしたり
それらはネガティブな重さを持っている
誰もが「目の前が真っ暗になった」と言う
だがそれは自分がずっと
「拠り所にしていたもの」が失われたからだ
つまりその重さは物事のせいではない
決してそうではない
すべては単なる出来事にすぎない
これまでもずっとそうだった
あなたは単なる出来事を
自分の都合に合わせて見ていただけなのだ
その人は家族でも友人でもない
そんなものはありもしない
ただいくつかの要素を集めた定義でしかない
あなたはその定義を心のなかに浮かべて
その「つもり」で接しているだけなのである
では逆にこうもいえる
「他人はどうして他人なのだろうか」とね
本当に彼らはあなたとは
「無関係の存在」なのだろうか?
ここからが大事なところだ
車を運転する人ならば
車線の間を走行するだろう
だがその「線」は人間の世界だけで
見えているだけであって
動物はそんなものは見えていない
逆にいえば「線」を見てしまうからこそ
動物たちの見ている本当の世界が
人間には見えていないのだ
だが線を失った世界で
人間は混乱してしまう
どこを走ればいいのかとね
だがあなたが途方に暮れるすぐそばを
動物たちは自由に楽しそうに走り抜けていく
カンガルーや馬や猫やねずみたち
その群れのなかに
素っ裸の私も混じっている
あなたは停めた車内からじっとみていた
そして見逃さなかった
走り抜ける動物たちの目は輝いていた
彼らはなにを根拠に
そんなに自由であれるのだろう
何も頼れるものがなくて
怖くないのだろうか
どうして標識も車線もない道で
自分の向かう方向がわかるのだろうか
3.
さあここにヒントがある
あなたの信じてきたものすべてが「逆」なのだ
もう一度最初のイメージを浮かべてみよう
知らない人々のなかを歩いているとき
あなたはいつも不安であった
しかし友人といたら
まるで世界が変わったかのように
安心できた
周囲の目を気にすることなく
ただ歩いていることを楽しんで
通りすがりの光景や人々について
まっすぐに観察できている
あなたのなかで何が変わったのだろう
その「知らない人」と一緒にいて
どうして安心しているのだろう?
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