人生とは文を読んでいるようなもの

食べるにしても
重いものを持つにしても
歩くにしても
それらはそこに生じた感覚を
観ているだけにすぎない

名もなき刺激が
脳内で意味付けをされて
つまり言葉として
それを「体験」する

だから言葉に変換される以前にある
その刺激、起こり、現象だけを
感じてみることだ

するとあなたは
空間を超越するだろう
あらゆるすべてが
体に貼り付いているようになる

移動などしていなかったし
時間など存在していないことを知る

すべては言葉が過ぎていっただけ
なにも失っていないし
なにも増えてもいない

つまり私たちは言葉というドラマを
人生として観ているにすぎない

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  1. gigi より:
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    • 涅槃の書-自分 より:
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  2. aslan より:
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