友達ができるとき

友達はいるかね
人数の問題じゃない
ゼロでも構わない

今日は友達の話だ

あなたが毎日孤独で
友達が欲しいとする
さあどうする?

方法はいくらでも浮かぶだろう
興味のあるコミュニティに参加するとか
勇気を出して誰かを誘ってみるとかね

だが多くの場合
それらは「友達」に結びつかない
確かに数回は交流を交わすだろう
あなたは「友達であるべき顔」をしながら
必死で仮面の中の汗を拭い
息の詰まりそうな時間を過ごす

いいかい
友達は作るものではない
いつの間にかそうなっているものだ

気が付いたら友達だった
それが「友達」だよ

方法?
そんなものはない
あなたの能動性など皆無だ

「友達」とは
とてもスピリチュアルな題材である
友達がゼロでも構わない
それはただ、ゼロなのだ

だが決して求めないこと
作ろうとしないことだ

求めて集められた彼らは
あなたに苦悶を与え続ける苦悶衆となる
あなたは友達としているのだろうが
彼らにとってあなたは拷問用の人形だ
あなたが求めて得る成果など
そんなものだ

真の宝石とは
あなたが求めないときに
そこに姿を現すのだよ

大事なのはそこだ
あなたが友達が欲しいとき
そのチャンスが来たら
しっかり受け止めなさい
常に機会はあるのだよ

だがあなたがくだらないマインドの計算で
それを受け入れようとしないだけだ
目の前に木の葉がヒラヒラと落ちてきたら
まず拾いなさい
よく眺めなさい
どういう絶妙なタイミングで
目の前に木の葉があるのか
そこに意識を向ける
そうして
すべては「非常に巧妙に出来ている」ことを
悟りなさい
何もかもが絡み合っている
それが縁というものだ

だから目の前に出来事が起これば
あなたは躊躇することなく、
つまり周りの目とか
自分がどう思われるだとか
そういうマインドを無視して
出来事に溶けなさい

そうすれば
友人も恋人も
あなたの世界に現れる
思いもしなかった人が
あなたの友達や恋人になる
最初から繋がっているのだから

 

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