胸に下げた十字架

敬虔なキリスト教徒は
もちろんイエスを信仰しているわけで
そしてその信仰は人生においての信条となる

それはどちらかといえば
“消極的な意味”において
ある種の「揺るぎなさ」を心に備えることになる

人生の基盤を見失わないということだね

たとえばこういうことだ

──

仮にイエスが
何かの間違いをしたと責め立てられ
彼がその罰を受けるのなら
私も同じように間違えて
そして同じその罰を受けよう

──

たしかに早計な理解に留まれば
こうした原理主義的な信仰は
危険な一面が浮かぶだろう

宗教的な戦争やテロは
このような根深い信念が起因にあるからだ

つまりもしイエスという”土台”が
そもそも歪んでいるものだったら
人生そのものを歪めてしまい
さらには歪んでいることに
本人は気づくことができない

だけどもそうした危険性は一旦傍に置いて
「信じることのためにあるならば
成功しても失敗しても己は揺らがない」
という具合にポジティブにこれを理解してみれば
信条の大切さがみえてくる

そしてそれは宗教に属することだけではなく
“どんなこと”からも
それを備えられることがわかる

たとえば音楽を作ったり
絵を描いたりすることが好きなら
そうした”制作”を
あなたの胸に下げる十字架にすればいいんだ

つまり”制作”を信じているあなたは
他人に認められまいが貶されようが
どうでもよいことであり

そうして制作と共に在り
また制作と共にこの宇宙の藻屑となっても構わない
とする信条と共に歩いていこうとするとき
毎日は心強いなにかに支えられているようになる

明るい光に包まれているようにね

本当は何が起きたのかといえば
それはあなたが
“自らの生”を全面的に信頼したんだよ

だがまさにそれが信仰の力なのであって
つまり信仰とは決して
特定の神を崇拝することに限るものではなく
また他人が崇めている何かを
一緒に信じなければならないことでもない
(この見極めに”危険”へ陥らないための回避がある)

なぜなら
あなたの人生はあなただけのものであり
つまり”あなたの人生”を信頼し

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  1. kinoko より:
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