思いよ、空へ消えよ

人生が苦しくなる要因で大きなものといえば
やはり他者との関わりだろう

相手は家族だったり会社の人だったり
街で偶然関わった人だったりと様々だが

もちろん他人と関わることが苦しいのではなく
“関わり方”によって苦しいことになる

そこで苦しくならないための
基本を2つを書いておくよ

 

無意識の世界

ひとつめは
他人に支配されまいとする己の言動こそが
他人に支配される結果を生むことになる
ということだ

この逆転はよく覚えておく必要がある

なぜなら社会を普通に生きてるだけで
この支配関係のどちらかに
自動的に割り振られるからであり

そうして無自覚に与えられた役柄の思考によって
あなた自身が盲目になってしまうからだ

たとえば利用した店がミスをやらかして
あなたは理不尽を感じたとする

当然その店員のミスなのだから
“お客様”である自分は文句を言える立場にある

このような社会的関係での
「自分は客なのだから相手を罵って当然」という錯覚は
いろんなケースで同様にあるだろう

会社での部下への態度や
家の近所の若者や高齢者への感情

自分より劣っている相手だという認識が
無意識のうちにあるわけで
それはいわば「相手を見下している」んだ

見下すからこそ
相手は自分を見上げて当然だという
無意識な前提が敷かれている

あなたのいる高い場所に
相手は登ってこれない”はず”であり

これが他人への支配の本質にある

 

「人間の地獄」から抜け出す

ところがそうして
相手を見下してみている前提があると
(無自覚であってもそう)

だんだん相手のしている「自然な言動」が
まるで自分のいる高みにまで
登りつめてきているような
切迫した感覚に襲われはじめる

相手の「自然な言動」というのは
たとえば店員があなたに
「大変ご迷惑をおかけしました」と詫びを済ませたあと
対等な人間同士のやりとりに変わってきた様子のことだ

あなたはその対等なやりとりが
どこか気に入らない
“無意識に”そう感じている

なんだか自分が損をさせられてるような気分
だからこそ理不尽に感じるわけで
つまり本当は当初から理不尽があったわけではない

これは夫婦や親子間でもよくあることだろう

「相手は自分を立てて当然」という”見下し”が
必然的にその自己保身を維持するための苦行へと
変わるのであって

しかし相手は何をしているわけでもない
ただやるべきこと、話すべきことを述べいてるだけなんだ
“人間のやりとり”としてね

だがあなたには
それが自分への攻撃にみえてしまう

そうして自分の”高み”を守る攻防戦のために
相手へ辛辣な態度や感情を持ち続けてしまうわけだが
その攻撃はあなた自身に跳ね返ってくることになる

つまりその人がそこにいようといまいと
常に心は疲れ果ててボロボロになる

だから「人間の地獄」を抜け出すには

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