水とワイン

ヘトヘトになって帰宅したとき
水を飲んでリフレッシュするか
それとも酒を飲んで快活になるか
あなたはどちらを選ぶだろう?

“疲れ衰えた人”の大半は
水よりも酒を欲することになる

酒は苦悩する思考を解放するが
水は思考をむしろ鮮明シャープにするからね

だから苦しむ人は早く楽になりたいわけで
水なんて何の価値もないわけだ

ところが酒で解放されても
すぐに元に戻ってしまい
逆に水は苦悩に対して
“自らで向き合う姿勢”を支えてくれることになる

そしてそれはやがて
酒で得られるような一時の至福を超えた
永遠の快活さや解放に到達することになるんだ

 

甘い言葉

さてこの「水と酒」の比喩は
いろんなことに置き換えられる

たとえばスピリチュアルもそうだね

あなたは
その時々の心を酔わせてくれるだけの
甘い言葉を求めているだけかもしれない

だがそれだとすぐに醒めてしまうのであって
酔わせてくれるものを
いつも探し続けなければならなくなる

そうして”昼間”は生きることに我慢して
それ以外の時間だけが解放された至福となる
つまりそのときにだけ
生きてる実感“を取り戻せるが
しかし常にお酒の力を借りなければならない

そのようにみてみれば
興味のあることや欲しいもの
恋人や友人や家族に対する期待なども同様に
一時的な解放を求めているだけではないかな

だがそうして
自分が酔いたいがための「お酒」として
世界をみていたら

あなたはすべてを裏切っていることになるし
そしてあなた自身も
すべてに裏切られ続けることになる

人生は常に頓挫を繰り返すことになるんだ

 

眠りの”眠り”

だから私は
あなたを最初から酔わせないように
いつも注意を払っている

あなたが酔いを求めない限りはね

私が伝えているのは
現実逃避ではなく現実に向き合うことであり
なぜならそうしてはじめて
現実が”夢”であることを知るからだ

棒で頭を叩けば痛いが
その痛さこそが夢なんだとわかる

つまり死んでから極楽ハピネスに到達するのではなく
それはいまここで開かれるもの

これは言いかえれば
あなたは死なないということであり
さらに言いかえれば
“苦しみ”は自らで終わらせない限り
それは未来永劫に続くということでもある

仏教であれキリスト教であれ
他のいかなる神秘思想でも
教えの核心はみんな同じであって

だから酔える言葉を探すのではなく

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