肉体の快楽と精神の至福

宗教やスピリチュアルにおいて
肉体から精神へと向かうにつれて
「高次」だと説明される

今回はその意味を
正しく理解しておくことで
真の平和」に到達する足がかりとしよう

さて肉体が低次であるからといって
肉体を蔑ろにしてもいいという話ではない

だがまず頭に入れておくべきは

ここに肉体があると「認識」しているのは
精神あってのことであり
ゆえに二重の理解が必要となるということだ

つまり肉体とは幻想であり
その観点から
肉体と精神の関係を洗い直す必要がある

なるべくコンパクトにまとめておくよ

 

苦しみは”どこ”にある?

肉体の快楽はたくさんあるね

食欲、性欲、アルコールなどの嗜好品

あと所有欲やスマホ依存も
実は肉体的な満足にある

体はある一定の刺激を受け続けると
いざそれが離れたとき
落ち着かなくなるからだ

そうして肉体の快楽を貪るようになると
おなじ量だけでは満足できなくなり
どんどん求めるようになる

また一時的に苦悩から解放されるわけで
まさにその快楽物の虜になってしまう

そこで釈迦は肉体的な苦行を
長いあいだ続けていた

肉体の欲求を脱することが
解脱であると考えていたからだ

ところが彼はその苦行をやめた

どういうことだろう?

彼はこう悟ったんだ

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