願いを叶えるということをやめれば叶い出す

世界が作られる原材料は「印象」である
「観念」「信念」でもいい
言葉の表現はいろいろある

目の前に車が停まっていて
カッコいいだとか、ださいだとか
何とも思わないとか
あなたの印象の世界がそこに起こる

見知らぬ同性が
過剰に見つめてきたら不快だが
それが異性ならば
良い気分になっているかもしれない

見られていることに変わりはなく
ただ男女の違いというだけで
あなたの印象が
その風景(世界)を彩っている

だから単なる出来事を
深刻な問題とするのか
コメディのように受け取るのか
それはあなたの印象だけの違いなのだ

印象世界とはまさに個人の世界となる
同じ教室にいながら30人の生徒は
それぞれ別の場所にいるということだ

つまり、あなたは広い世界の中で
ポツンと生きているのではない
あなたの中の世界を見ているのだ

だからあなたの世界に登場する
他人も物も何から何まで
全部あなたの中にあるのだよ

あなたですら
あなたの中にある

あなたの中に
あなたの体や心があるのだ

あなたとは
その世界を出現させている空間そのものであり
すべて本当のあなたに包まれている

「なんで他人のために
私の時間を割かなきゃならないのよ!」

誰かに対して理不尽な思いをしているとする
よく考えてみなさい

その他者はあなたの世界の出現物であり
つまりあなた自身なのだよ
あなたがそのように見ているから
そのような他者がそこにいるのだ

あなたがそのような考え方をするから
そのような出来事が起こっているのだ

その他者はあなたが作り出したのであり
その他者自体があなたの存在の証明なのだよ

あなたが損をすれば、
あなたの世界の誰かは得をする
すべて「あなたの中」のことだからだ

つまり常に祝福があるのだよ。
「赤」は赤以外の色が
あるから赤が成立する
つまり「赤」など最初からないのだ

そのように考えていくと
他の色も実在しないことになる
だから互いに補完し合い
互いに存在を与え合い世界は作られている

古い教典では本当のあなたのことを
「知」と呼んでいる
「知」はそれ自体が「知」なので
自らを知ることができない

膨大な知識が記された辞典があっても
それを読む者がいて
初めて「辞典」であり「知識」なのだ

つまり
本を置く為にテーブルがあり、
テーブルに置く為に本がある、ということ

何かの存在を証明するには必ず2者が要る
1者ではそれ自体が立証できないのだ。
世界に赤しかなければ
色という概念すらないことになる
見ることも、説明することもできないから
想像すらできない

だから2者は互いの「その間」で起こる何かを
浮き彫りにしているのだ

例えば、あなたと他者
その関係性こそが実在となる

関係性という「あるがまま」が先にあり
それを立証するために
「あなたと他者」が観念上に発生する

だけども我々は観念でものを見るから
正しい関係性を築き上げることができていない
つまり2者分裂のどちらかに偏ってしまうのだ。
それが苦悩を生み出す

印象とはアイデンティティを核とした
妄想のことだ
根源となっているのは未知への恐怖心である

あなたに好きな人ができたとしても
その相手は実在しない
あるのは「好き」という関係性のみだ

だが幻想への印象付けにより
「好き」がどんどん変容していく
理由をつけだすのだ

あるがままの「好き」に
理由など付けることはできない
ただ「好き」なのだ

あなたが大笑いをするとき、
考えて笑ったりしないのと同じである

感情という「それ」は
我々の知性の遥か奥から湧き上がってくる

だがマインドはあの時こうだったから、とか
そういう過去の体験の予測だけで
「理由」を見つけ出し
あるがままの「それ」を全く信用しない
というよりも信用できないのだ

エゴは思考という船の能力がすべてであり
落ちたらどこへ流されるか
得体の知れない海には恐怖しかないのだ

私たちは時間という概念を作り、
そこへ連続性という錯覚をしている
つまり騙されているのだよ
すべては同時発生的である

棚から置き時計が突然落ちたとき
まずあなたはその衝撃音に驚くだろう
そして思い出そうとする
「そうだった、不安定な場所に置いてたもんな」
そういう記憶の呼び出しを
『いま』しているのだ

私がここで「呼吸」と書けば
あなたは呼吸をしていたことを
「いま」思い出す
そして呼吸が見え始める
果たして本当に
呼吸をしていたのかね

では呼吸器を付けている患者に
この話をするときはどうだい?
患者も同様に呼吸を「いま」思い出すだろう
「確かにいま思い出したけど、
呼吸器の記録がちゃんと残ってますよ」と言う
だがその記録も「いま」見ているのだ

「なんで他人のために
私の時間を割かなきゃならないのよ!」
という理不尽感

理不尽を思えば思うほど
あなたはもっと多くの理不尽に
巻き込まれていく

だけども特に執着もせず
特に意識もせず
ごく当たり前のように他者に対応しているとき
あなたの「印象」は消滅し、
ただ世界が動いていく
あなたの思考とは無関係に
出来事は勝手に解決していく
つまり過ぎ去っていく

呼吸をするのにいちいち考えないのと
同じである
気が付いたら呼吸していた、のだ

世界に何の執着も持たなければ平安である
執着をせずに沢山愛してあげれば
あなたも愛される
肉体の自分自身を愛してあげても
同じように世界は愛に満ちていく

あなたが心底楽しめば
世界は楽しさで溢れ返る

他と自分との比較、差、優越、勝敗、など
そういう観念を捨て去りなさい

己が何者かと気付き、
確実に世界を導くのだよ

そうしているうちに
嬉しさの感情を持つだけで
それを引き起こす出来事が
どんどん起きてくることを知るだろう

つまりハッピーな現状(結果)が先にあり
気が付いたらそういうことに至る過程(要因)が
過ぎていたのだ

だからいつも満ち溢れていなさい
あなたの世界はあなたが作っている
あなたはすべて得ていることに気が付く
これ以上ない
素晴らしい毎日となっていくだろう

 

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