スピリチュアリティ

あなたはあなたではない
そのような教えを耳にする
では「私」とは一体誰か

思考や感情など
察知するすべてを見ている最奥の者
そのように記述される

ではその最奥の者とは何か
それはそれ自体が知ることはできない
だから説明ができないともされる

馬鹿馬鹿しいと思わないかね

あなたに必要なのは
金やら異性との愛だ
最奥の者?
その話が本当かどうかもわからない
そんな探求に時間を費やすヒマはない
もう月末だ
支払いをしなければならない
このまま年齢を重ねていったら
ますます恋人なんてできやしない

あなたはそれを脇に置いておきながら
もしかすると助け船があるかもしれないと
スピリチュアルに手を出す
つまりプランAがダメだからお次はBだ
そうして再び金や愛に手を伸ばす

それでいい
それがすべてだ

いずれ死の間際にでも
「ああ、金を追い求める人生だった」
「ああ、恋人が欲しいだけの人生だった」
そのように悟るだろう

あなたとは「金を追い求めること」だったのだ
あなたがそれをしているのではない
あなたがそれなのだよ

じゃあポジティブなことを追い求めればいいのか
それはそれで「追い求めること」があなただ
だけども目を付ける場所はそこじゃない

あなた側から見るのではなく
その対象から見なさい

目の前に本がある
あなたは本と認識する
なぜ認識をしたのか
それはそこに本があったからだ
ではそこに本がなければ
あなたは本を認識しない
主体はあなたではなく本の方だ
主体が本になったとき客体はどこにもない
ただそこに本がある、それだけとなる

椅子に腰掛ける
尻に身体の重みを感じる
主体はその「感じていること」だ
なぜならば
その感じていることがなければ
あなたは認識しないからだよ
認識しないとは存在を与えないということ
存在とはあなたの認識により成り立っている
つまり存在性を成り立たせるために
あなたの肉体がある

あなたとはあなたの察知しているそのすべて
あなたが察知した時点で
それらは存在を与えられる

 

最奥の者はどこにいる?

例えばあなたが何かの対象物を察知したとする
スピリチュアルでは
その察知した思考を「見ている」者
つまり最奥の者があなただといわれる

実は最奥の者とは
あなたの奥にある何か のことじゃない
対象物から放たれた「察知」は
あなたの思考を経て奥へ向かう
さらに奥へ向かい
もっともっと奥へ向かう
するとあなたを通り抜けてしまう

あなたを通り抜けて
その頭の後ろからまだまだ先へ進む
ずっと進む
地上を延々と果てしなく
そのまま日本を越えて海を越え
別の国の地上を突き進む
まるでミサイルのように
レーザー光線のように
ただ一直線に進んでいく
そのままぐるっと地球を一周して
なんと目の前のその対象物にぶつかる

あなたを通り超して
地球を一周してはるばる戻ってきたのだ

冗談みたいな方便だがね
だが同じことだ

あなたはいないのだよ
あるのはその対象物の存在性だけ
存在ではなく「存在性」だ
つまりあなたが存在をさせているか否か
そういう不安定なものなのだよ

あなたが金を見るとき
金が存在性を欲している
愛を見るとき
愛が存在性を欲している
だけども金や愛があなただ
マインドの化身ともいう

 

マインドは世界に嫌われる

あなたが人を殺す
あなたは罪に悩まされる
幽霊など誰も見えないのに
あなたには見える
マインドの化身だよ
自らを呪い堕としていく

この「無限」が溢れる世界で
あなたは金か愛だけを見ている
それがスプーンでも同じこと
あなたがスプーンを見るとき
スプーンが存在性を欲している
あなたはスプーンに囚われる

覚えておきなさい
あなたのその世界はまさに無限である
スプーンしかないわけじゃない
だけどもスプーンだけを見ているとき
あなたにトゲが刺さる
何かに触れたら必ずトゲが刺さる

触れる者とは思考(マインド)のことだ

その完璧な世界はとても潔癖であり
マインドが少しでも触れようとすると
ビリビリと痛々しい電撃が走るようになっている

つまり見て楽しむもの

可愛い異性が街を歩いている
見ているだけで楽しい、それがルール
でも「お近づき」になろうとしてはいけない
即座にビリビリだ

もちろん世界からあなたに近付いてくる
それは構わない
あなたのマインドの介在なしに
あなたが行為する
それもオーケーだ
マインドの介在がないとは
つまりあなたがいないということ

異性を見てその察知があなたを通り過ぎ
地球を一周してその異性に戻る
つまりそこにはその異性がただ在るだけだ
あなたはいない
だから「話掛けられている異性の風景」を
ただ見ていればいい

 

自然の法則に漂えば無限が見える

マインドは計算をする
自然的じゃない
水が流れるとき何の計算もない
あなたが自然に流れるとき
その可愛い異性と縁があるならば
結ばれるだろう
結ばれないからと苦しむのはマインドだ
支払い日に恐れるのもマインドだ

大切なのは支払い日に恐れ続ける限り
あなたは支払いの人生だったとなる
存在性を与え続けているからだよ
一生を通じて電撃を喰らっている
支払いをどうにかするのではなく
支払いなど相手にしなければいい
それがあまりに高く突き出ているから
他が見えないのだ
一度その存在性を引っ込めなさい
すると他の「無限」が見えてくる

何か対処しなければならない問題
最良の対処法とは、対処しないことだ
意図的に対処しない方法を選ぶのではなく
完全に忘れてしまうことだよ
それが自然のままに問題を流していくということ

代わりに「いまそこにあるもの」
それらを踊らせてみなさい
本があるなら本になり
体重を感じることがあるなら感じることになる
猫が見えるなら見られている猫になる

そうしてあなたは
金や愛というマインドの化身から脱することができる
一生掛けての自打球をやめることができるのだ
最奥とはまさに「それ」のことであり
マインドが触れると毒がまわるだけのこと

スピリチュアルの神髄とは
「ただそれがそこにある」だ

この意味を体感するまでに深く理解すること
理屈ではなくごく当たり前のことだ

自然なこと
自然に生きること
自然に在ること

それがあなたのスピリチュアリティである
いつも瞑想的でありなさい

 


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