呼吸瞑想と現実世界

ヴィパッサナー瞑想は「呼吸をただ観察すること」で、物事をあるがままにみるという気付き、つまり自我によって詰まりきった「自己というパイプ」を浄化する作用がある。

私は毎朝テラスに出てこれをやっている。また日中も「詰まり」を感じてきたら、いましていることの手を止めてヴィパッサナーを行う。

そうして「ひとつ」であることに意識を向け直すようにしている。

この瞑想法は非常に効力のあるものだけども「自己浄化したい」という気持ちが残ったままでは自己浄化ができない。その気持ちが「詰まり」であるからだ。

そこで今回は瞑想についての理解を深めて、人生を豊かで気軽なもの変容させるメカニズムについて考察しよう。

 

1.

禅ではこのように一筆書きしたような「円相」が描かれる。

また似たものに、私が苦悩していた頃に研究していたグノーシス主義や北米の部族などで象徴されていた「ウロボロスの蛇」などがある。蛇が自分の尻尾を飲み込んで環状になっているものだ。時代を超えて世界各地での自然信仰やシャーマニズムでよく出てくるので見たことがあるかもしれない。

それらが共通しているのは「円」であるということだけども、この円の見方は実は2通りある。

 

2.

ひとつはこの宇宙は循環していることを表すもの。つまり「死と再生」、ニーチェのいう「永劫回帰」もこれがベースにある。

私たちは一回限りの生命体ではなく永遠に生き続けている。「死」とは人間が思考的に生み出した概念にすぎず、万物はただ変化していくだけであり常に「一巡」の道を辿り続けている。それが宇宙の法則、すなわち「循環」となる。

海面が蒸発して雲になり、そこから雨が降って川として流れてまた海へ戻る。このとき海面も雲も川もそれらは至るところで同時に存在しているといえる。つまりこの雲や川として流転し続ける「水」にとっては現在だけが存在するということだ。それは過去も未来もない。至るところで同時に「いま」となる。

これはあなたも同じ。

その体はあなたのものではない。祖先から引き継いできたということでもそうだし、食べ物や空気や水、適切な気温、そうしたすべてと常に関わりあってそこに存在しているのである。太陽が地球にエネルギーを送り続けていることそのものがその体であるといえる。

他の生命も同様にすべてがひとつの流れのなかにある。その流れに時間というものはなく、常に「いま」という光景だけが現れている。

私たちは概念という世界に生きているから「自分の体」というものを境界線にして「他のもの」と関わっていると思い込んでいるけども、同じ空気を吸って同じ水を飲み、本来は一体のものなのだ。そしてまた100年後も200年後もやはり「同じ存在」としてここにいることになる。

というわけで円相やウロボロスのひとつめの見方は、こうした循環を意味する。

 

3.

そしてもうひとつの見方だけども、今回はこちらが重要となる。

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  1. th900 より:
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    • 涅槃の書-自分 より:
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  2. tomonori より:
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    • 涅槃の書-自分 より:
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