生まれてきた意味

あなたがここに存在している意味
この人生体験の本当の意味を知りたいならば
まず現実的な損得を”無視”しなければならない

むしろ現実的な損得にこだわるから
生まれてきた意味や
人生の意味を見失うことになる

というよりも
そのように「意味はなんだろう?」と
問い続けることになる

だから逆説的であって
ここにいる意味など
知ろうとも思わなくなくなったとき

あなたは自らここにいる意味を
知ったということだ

 

人生を縛っているもの

もちろん無視するのは
他者と関わるときの”心の損得“のことで
無計画に生活しろということではない

たとえばあなたが事業をしていて
毎月顧問料を払ってるのに
会計事務所からの担当がコロコロ変わったり
なかには新人でミスが多かったり

そうなると
同じお金を払ってるのに
おかしいじゃないかと不満がつのる

こうしたケースは日常様々あるね

家や車を購入したあと
なんだか理不尽や不合理を感じたり
世話してきた相手に悪態をつかれたりなど

そんな感じで
「こうであるはずなのに」が
裏切られるのが人生の常でもある

つまり”無視”するのは
まさにその「こうであるはずなのに」なんだ

 

それまでなかった道が開く

だから先の会計事務所の話なら
新米担当がきたことに腹を立て
すぐに苦情を申し立てて
「こうであるはず」という”得”を
求めようとするのではなく

もしあなたが担当の頼りなさに不安を感じて
それまで任せっきりで曖昧だった
会計の用語や仕組みを覚えながら
自らで確認できるようになるとき

やがてあなたはその新米が来たからこそ
またひとつ成長できたと喜ぶだろう

そしてそれはこれまでとは違う目線で
事業を革新していけるということでもある

視野が広がったわけだね

現実的な損得にこだわっていたら
そんな喜びを感じることはできなかったし
相変わらずのやり方や目的を生きるしかなかった

家や車の購入にしても後の対応が悪くて
揉めたりする人がたくさんいるが
たしかに不満や怒りは心に尾を引くことになり
かといって何も言わずに我慢していても
陰鬱な苦しい気分を抱えることになる

それゆえ「人生失敗した」とか
「一生こんな道を歩まねばならないのか」と
思いを抱え込むわけだが
しかしそれは現実的な損得を握っているからのこと

その損得を手放してみれば
別の道が開かれるのであって

つまりその新しい道は
損得を無視しなければみえてこないんだ

 

そもそもなぜそう思うのか

最近は反出生主義といわれるように
「自分は生まれてこないほうが良かった」という
まさに損得のなかでしか人生を見出そうとしていない
カチコチな考えが流行しているが

同様に損得のなかでのみ人生の価値をみることが
世間の冷たさ、他者への不寛容、無関心などに
つながっていることも想像に容易いだろう

だからいわゆるモラハラやカスハラなどの
倫理観の欠如にしても
逆にそうした状況に心が折れて
立ち直れずにいることにしても

どれもこれも現実的な損得こそが絶対であるような
そんな無自覚な拘束に縛られているからにある

ゆえに逆にいえば
現実的な損得を”無視”するというのは
現実を自覚的にみつめることでもあるわけで

それは現実的な損得に縛られている人々よりも
むしろより真摯に”現実”を生きている姿にある

つまり世間に浸透している価値観や生き方が
本当に自分の選択したい道なのか?と”問える“とき

「生まれてきた意味はなんだ?」とか
「人生の意味はなんだろう?」といったような
この現実に強制的に”問わされている意味”を
問う必要がなくなるんだ

 

目を覚ますために必要なもの

というわけで新米の担当者が来たなら
それもまた何かのチャンスであり

買ってきた家電品に不具合があったら
己が何かを経験できる良い機会なのであって
返品や交換の流れを学べたり
またその一台目だけでは決してわからなかった
個体差を知ることができる

ところが「許せない、腹が立つ」と
苦情をどのように言ってやろうかみたいなことに
心が停止してしまえばその家電品の不具合は
あなたの人生には何の意味もないばかりか
人生を邪魔する出来事でしかないだろう

しかし話したように
「こうであるはず」は裏切られるのが常であるから
そうなるとあなたの人生は
不満だらけでしかないことになる

同様に自分の容姿はあのモデルのようではないとか
他にもコンプレックスばかりであるなら

じゃあそのコンプレックスは
どうすれば軽減できるかという努力を
“すること”ができたり

またはそれを気にする必要がないぐらい
情熱を向けられる楽しみをみつけて
それによって自分自身を生きる道に目覚めたなら
コンプレックスがあったおかげとなる

言いかえればその目覚めのために
“無意味”が必要だったわけで
意味があったんだ

意味があったと”知れた”とき
人生に無意味なものはひとつもなくなるんだ

人生を振り返ってみればそうだね
あの日あのときのあのこと
すべてに意味があった

だからあなたはいまここにいる

 

奇跡の贈り物

つまり人生へのこうした見方は

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