手紙

特に予定のない休日に
お昼が過ぎてもベッドで転がってるとしよう

あなたはスマホを手にして
だらだらと過ごしている

たまに時計をみてみたら
まるで時間がワープしたみたいに
15分や30分なんて過ぎてる

こんなことしてたらだめだと思うけども
ついついスマホに見入ってしまう

するとまた30分とか平気で過ぎてるわけだ

ここでふと気づくのは
だめだなと思ってる「思考だけ」が
ときおり浮かぶだけであって
思考がなくとも全体は動いているということ

図にしたらこんな感じだね

—・———・—・—————

1日が右に向かって進行するとして
横棒が知らない間に過ぎてる時間で
点が時々気がついてる思考となる

だから点がなくても全体は動いている

1日は全体的に過ぎていく
雲から顔を出した太陽に
地面の植物や建物が照らされるように
みんなで明るくなったり陰になったり
こうして1日は過ぎていく

その流れに「点」は何の重要性もない

ゆえにワープしているように感じるのは
思考が現れたときに
その都度全体が確認されるからだ

だから「知らないうち」にすべては過ぎていく

たったの15分間さえ
つまりその900秒間さえ
人はずっと覚えなどいない

ヘタしたら15分眺めていた
スマホ画面の内容だって
努力をしなければ思い出せない

「あなたはいま何をしていましたか?」

そう問われたとき
思い出すという努力でどうにか判明する

上の図でいうなら
「点」が過去(左側)をみて
「きっとこうだった」と
いま思考しているわけだ

だがもしそうやって過去が
「点」に内包されているしかないのであれば

じゃあその900秒のうち
本当はいったい何秒を
あなたは生きていたというのだろう

「だらだらしてたらダメだ」と感じた
その1秒間ぐらいしか
「直接的に知らない」のではないのかね

知らないままに899秒が過ぎているなら
じゃあ人生とは
いったい「何が」生きているというのだろうか

つまりこうして「知らないうち」に
私たちは死んでいくことになる

でも何が死んでるというのか

知らないのに

 

1.

つまり
「思考は人生を生きてきたわけではない」
ということだ

先の図のように
思考はいくつかのポイントにのみ
発生しただけにすぎない

「あ、15分間も過ぎていた」と
「考えている思考」がその瞬間に現れただけ

思考が現れたときに
焦りか不安か
それとも充実感か
そうした「色」を放っているだけだと
いうことにある

だから15分や30分が過ぎていたと
感じているときの思考の状態が
そのままあなたの現実世界の枠組みとなる

3秒前のことさえ
いまここに掴んでおくこともできない

それはもうどこにも存在しない

となれば「過ぎていった人生」とは
本当にあったのだろうか

そもそもワープなんてしていたのだろうか

少し前の手記で
全体がともに動いているからこそ
時間は存在しないと話した

全体の流れのなかで
抵抗をすること(自己意識の誕生)によって
相対的に時間という感覚が生まれるということだ

だから自己意識=時間の発現となる

これは言い換えれば
100歳まで生きようとも
30歳が寿命だったとしても
何も違いはないということにある

私たちは「思考として」
その瞬間に出現しているに過ぎないからだ

「いま自分は30歳です」という
その30年間の人生は
「いま作られている」ということだね

ゆえに本当は生まれてきてもいないし
死ぬこともない

「思考の蓋」を開けてみれば
全体とともに動いているだけ
揺るぎない安心があるだけなのである

だけども思考のない世界というのは
899秒の空白を意味する

それは己自身も大切な愛しい人も
この世界のすべてが
消滅するということにある

 

2.

だからここで大事なことがみえてくる

たとえば親しい人が
先に死んでしまったとき
その人のことを
ちゃんと覚えてあげていること」が
大切だということだ

その人の声や仕草
そういえばあんなことを言ったなとか

またその人が窓辺に飾った
置物の位置や角度を
しっかりと心に留めておかなければならない

その小さな額縁や花瓶が大事なのではなく
それが「その人の手」によって
そこに置かれていること
そしてそれを「いま知っている」のは
あなたであるということ

その事実を通じて気づくのは
この世が奇跡以外の何ものでもない
ということである

わかるかな

つまりあなたの記憶のなかのその人とは
その人が「あなた自身だった」ということだ

故人の生前を思い出すこと
仏前で手を合わせること

その人は確かにあなたの目の前にいた

「これおいしいね!」
「きっとすごいものがある!」

そうやって目を輝かせていた
世界を冒険していた

でもその人はもうどこにもいない
世界中を探してもその姿は見つからない

じゃああの目の輝きや
興奮に満ちた声や
胸を躍らせていた感動は
いったいなんだったのか

その不思議な神秘に気づいたときに
「すべてがいない」からこそ
「すべてがここにある」のだと悟ることができる

いいかい、
あなたは多くの人たちのなかを生きている

家族や会社の人たち
街ですれ違う名も知らぬ人々

彼らと接触をするたびに
「彼らの印象」を獲得する

それはどういうことだろう?

まるで彼らの存在を認めてあげるため
あなたはそこにいるようではないかな

つまり人生とは個人的なストーリーではなく
むしろ「関わるすべて」のストーリーであり
そしてそのフレームのなかに
あなた個人の人生のあり方が決まるということだ

 

3.

では彼らにしろ自分にしろこの世界にしろ
これが幻想であるならば
なぜこの幻想である必要」があるのだろう

ここでまたあなたは
自他の分離を超えなければならない

たとえばあなたが日頃
自分の考えだとして話している言葉や
知識というのは
あなたが作り出したものではない

すべてどこかで覚えてきたもの
つまり人類に語り継がれてきたものだ

これは言い換えれば
“血の繋がった”祖先だけでなく
全人類が「あなた自身である」ということである

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