映画監督の「はいカット!」

絆という言葉がある。人と人との結びつきのことだ。この絆の意識というのは、あなたが一片の曇りもない満たされた世界、安心した世界を生きていく上でとても大事なものとなる。

たとえば子どもの頃は友人間で強い絆にあっただろう。仲の良い友人がいたなら、損得勘定なく笑いあっていた。だけども大人になるにつれ、つまり社会で出会う人々との間にそんな結びつきを見つけるのは難しくなってきたはずだ。

確かに安っぽい結びつきはある。いくらでもある。みんながそうだから自分もそこに参加するというものだ。

くだらない方面でみれば、何かの対象を集団でバッシングすることなんかがそうだが、いくら良い方面でみたところで、せいぜいスポーツ観戦やライブ鑑賞などといったその場限りのもの、そこで立ち会わせた人々との間で結ばれるのではなく、全員がひとつの空気に包まれているようなものでしかない。

1.

それは絆というものではない。なぜななら絆は全体としてではなく、個人間で結ばれるものであるからだ。

たとえばどこかの店に入ったとき「なんだか感じの良い店員さんだったな」と思うことがあるだろう。その人は他の店員と何が違うのだろうか。その店のマニュアルを完璧にこなしているから?

いいや、そうではない。

それはその店員があなたを客としてではなくひとりの人間として認めてくれていたからだ。だからといって大層なもてなしをしていたわけじゃない。ただ接する行為のなかに店員と客を超えたもの、「前提」を超えた視線であなたをみていたのだ。

2.

私たちは知らないうちに「相手の存在」という価値を認めなくしている。つまり無意識的に認めようとしていない。

上の例でいうなら、あなたは客らしくしていて当然だと思っている。それは確かにそうだろう。あなたは来店したひとりの客なのだからね。あなたにそれがどう間違えているのかわからない。だから「相手を認めていない」と言われるとき、あなたは「自分はもっと客らしくしなければならなかったのか」とかそういうふうに考えてしまう。

つまり正しく客であろうとすることで店員の立場がちゃんと確保される、それが相手の存在を認めるということだと思うはずだ。

だがそうした関係性以前に、そこには「人間同士の関わり」があるのだ。社会というのはそうした「本当に起きていること」を見えなくしてしまう。

3.

その昔、私がまだ現実世界が絶対のものだと囚われていた頃、本業だけでは立ち回らず、度々日雇いの出稼ぎに出てることがあってね、それは若狭湾に近い福井県の寂れた田舎町で3週間ほど滞在していたときのことだった。

毎朝宿舎から現場へ向かう途中に、爺さんが経営している小さな店で、いつも60円のパック牛乳を買っていた。

ところがある日、毎度のようにレジで支払おうとしたら小銭がないことに気づいた。一万円札しかもっていなかった。爺さんが言うには同じように紙幣で買い物をした先客がいたらしく、レジには千円札が足りていなかった。

爺さんは「いいよ、もっていけよ」と私にいつもの牛乳パックを手渡そうとしたが、私は「いやいやそういうわけにはいかないよ、ちゃんとルールは守らないと」といって、一旦現場にいって他の作業員に両替をしてもらい、そして再び爺さんに60円を支払おうとした。

爺さんは何も言わなかった。私はその不満足そうな顔の意味がわからなかった。自分の厚意を踏みにじられたと思わせてしまったのかな、とずっと思っていた。

4.

そうではなかったのだ。

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