安らぎの場所
己自身が死ぬことを
誰もが毎日経験している
眠りに落ちるときがそう
いつ眠りに入ったのかはわからず
そして夢も見ずに眠っているとき
己がどこにいたのかも知らない
むしろ自分は存在せず
自分の知るこの世も消え去っていた
ただ一つ言えることは
眠りは心地のよいものだということだ
もちろんそれは眠りから覚めたときに
その余韻が残されているからであり
そしてまた眠気がやってきて
もう眠りたいと思うのも
それが心地のよいものだと知っているからだろう
ところでこうして心地の良いものだと気づくなら
愛する人やペットを亡くしたとき
あなたの心は和らぐかもしれない
耐えきれない悲しさや苦しみは
自分からみたその存在を思い出してばかり
いたからであって
しかしその存在が心地よい場所に
先に到着しているのだと思うなら
それは「良きこと」になるからだ
だから親しい存在が亡くなったとき
「今まで本当にお疲れ様でした」
「ゆっくり休んでね」と伝える人がいるけども
それは本当に素晴らしいことであって
自分からみた悲しみや苦しみに囚われておらず
生前の世界がなんであったのか
死とはなんであるのかをよくわかっている
そしてまた先立った存在が”あの世”から
残された人にむけて
「悲しまなくてもいいよ」
「苦しまなくてもいいんだよ」と
きっと伝えてるという表現もその通りだといえる
つまり亡くした者への悲しみや苦しみは
自分本位なところがあるわけでね
だがその者の立場から捉え直してみたとき
己の心は癒えるんだ
私もそうだった
私はいつも自分からみたその存在を
心のなかに”存在”させていた
その人や動物が亡くなったあとも
悲しみや苦しさの象徴として
心のなかで存在させ続けていた
つまり成仏とはその者ではなく
私のなかで存在させている幻想の
解放だということに長い間気づけなかった
それが悲しみや苦しみの根源だった
そしてより大事なことは
その者が到着しているところに
あなたもいつか行くということ
生活や対人関係などの苦悩に縛られた
この現実という夢から解き放たれた真の安堵に
いずれはたどり着くんだ
するとこの人生の出来事や思い出は
途中の車窓の風景のようなものであり
たしかに大切にしたい瞬間もたくさんあるけども
だからといってそれに固執する必要はないのだとわかる
この理解もまた
あなたを人生の苦しみから解放するだろうし
むしろそうであるからこそ
Notes いまここ, 存在, 安心, 幻想, 心, 悟り, 死, 永遠, 苦悩
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