愛に満ちるとき

物であれ人であれ何かを欲するとき
それはあなたが愛のエネルギーに
飢えているからにある

だからわかりやすいね

何かが欲しいときの
あのソワソワした感じ
そしてそれが手にはいったら
さぞ満たされるだろうという期待

それは愛を目前にしているからなんだ

どこまでも広がる
その無限の安堵に触れられたら
どんなに幸せだろうか、とね

つまり愛を目前にしているということは
己は愛から切り離されているわけであり

だからこそ「合一」を急かされる気分にある

ところがどこまで手を伸ばしても
愛に溶け去ることはできない

得た喜びが最初にあるだけで
その満足はすぐに失われていく

なぜならその「喜ぶ自分」もまた
愛から切り離されて
現れている存在だからだ

だから愛とは己の影のようなもので
追えば追うほど逃げていくことになる

じゃあどうすれば
愛とひとつになれるのだろう?

それは単純な逆説にある

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