あなたは意識であり記憶ではない

「自分」というのは
これまで何を考えたかの集積にすぎず
それが心の正体、
すなわちこの現実のカラクリとなる

時代や文化、常識、風潮、
そうした普遍的なものはもちろん
日頃定着している独自の考え方や
とっさにイラっとしたりする反応なんかも
常に「記憶」から引き出されているものとなる

だから幸福や不幸というのは
いまある状況がどうこうなのではなく
目の前の物事について参照される
古い情報をわざわざ引き出して
そう感じているにすぎない

その情報(記憶)が
幸福や不幸のラベルだということだ

じゃああなたが記憶でないとすれば
あなたは誰だというのだろう?

それは「記憶を眺めている者」だ
つまり意識とよばれる容器
いうなれば注がれた飲み物が記憶であり
そのグラスが意識となる

グラスの大きさはどれほどのものだろう?
あなたのよく知っている自分のサイズ?

いいやそうじゃない
あなたのよく知っているこの世を
すっぽり注げるほどの大きさを持っている

だからこの手記もこれを書いている私も
すべてあなたのなかに注がれた
アルコール飲料のようなものでしかない

ハッピーに酔えているかね?

 

1.

さて他人との関わりや物事について
卑屈な考え方を再生するたびに
それが基本的なフォーマットとなる

記憶が世界を映し出し
その記憶が「自らのデータ」をもとに
連関する記憶を生み出し続けていく

たとえばちょっとした出来事に
息苦しさを感じてはじめて
他者や物事のせいにする

あいつらのせいで
自分は自由になれない
どうしてくれるんだ

そんな恨みつらみばかりが
己のなかで充満しはじめる

確かに「あなたの道理」でいえば
そうなのだろう

関わった人や物事のせいで
あなたは雁字搦めになっている
それは事実であり本当のことだ

だからどのような教えを聞いたところで
あなたはいまいち納得できない
自分を押し殺すだけとしか
話を理解できない

それはずっと同じ土台のうえにいるから
そうなってしまうのである

つまり古い記憶に満たされたグラスに
新しい話が注がれても
いつもの古さに侵食されるか
それに反発し続けるしかない

だからグラスの中身を
ごっそり入れ替えなければならない

 

2.

だが何を入れ替えるというのだろうか
まったくの無人島に移り住んで
自ら文明を興すというのか

いいや、そんな大層な話じゃない

というよりも古い記憶パターンが崩れない限り
そこもやがてエゴパラダイスになるだけだ
人類はそうして同じ過ちを繰り返してきた
誰が王の座を獲得してもね

あなたの人生もそうだろう?
どれだけ新しい環境や出会いがあっても
その「新しさ」は束の間にすぎていく

いまじゃ夫の顔をみても
何のときめきもない
イライラしてくるだけだ

ではどうすればグラスの中身は
新しいものになるのだろうか

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  1. shiy より:
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    • 涅槃の書-自分 より:
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