現世の幸福の求めかた

現世の背後にある「大いなる流れ」とひとつに溶け合うことが真の幸福であるのはいつも話している通り。

仏教でいう「慈悲」にしろ、キリスト教における「パンを分け合う」にしても、それが自己犠牲的ではなく、かつ見返りのない無償の愛や奉仕が可能となるのは、”見かけ”として現れているこの人間社会での理屈ではない。

損得の合理性で組まれたこの複雑な迷路が設置されているその大地、すなわち「無境界な大地」そのものであるときにこそ発現するものとなる。

パンを分け合う

その無境界性とは、この現実上の一切の形を超えたもの、つまり「すべての存在に共通して流れているもの」のことだ。

たとえば、少し前の手記で「商売をしている人はそれが1円にもならなくとも、何にも代えがたい充実感に満たされるときがあり、その充足のために仕事をしているほうが商売は安定軌道に乗り続ける」と話したけども、それは結局のところ、お金や人出などそうした現れの「根底にあるもの」を掴んでいるからにある。

その1円にもならなかった仕事に誰かは喜んでくれる。そして己もまた満足している。それこそが「パンを分け合う」であり、決して自己犠牲などではない。つまり「すべてでひとつの実在であること」を感得しているからこそ、となるわけだ。

たしかに収益が安定すれば幸福だろう。たくさんの人々が往来してくれたら幸福だろう。だがそれらは満足した仕事の幸福と「まったく同じもの」である。だから視点を逆転するべきであり、むしろその「同じもの」に”ある”からこそ、己の現世上に「様々な形」を生み出すことになるのである。

これを宗教では「現世利益(=信仰によって現世に形となって現れる利得)」と呼ぶ。

要するに「奇跡」のことだね。

現世的な幸福を掴む

しかし今回の話はそうした「大いなる次元」から離れて、あえて「現世だけでの幸福」について考察してみよう。つまりいつも話しているような真の幸福ではなく、表面的な幸福についてとなる。

“損得勘定的”になぜ私たちは幸福や不幸になるのか、その構造をみながら、そしてどのようにすれば「現世的な幸福」を掴めるのかをみていくわけだが、流れとしては不幸をやめることで幸福を浮き上がらせていく。またこれは人間世界という幻想を理解するのにも大きく役立つことになるはずだ。

不幸は実は怖くないとわかり、そして穏やかで安定した暮らしが実現するようになる。

満足はどんどん小さくなる

さて、人間の幻想の仕組みから入っていこうと思うけども、以前に「逓減の法則」について話したことがあるが、今回もそれを使ってみようか。現代経済学の用語だが今回はあまり難しくせず、よく用いられる例を交えて進めてみよう。

たとえばあなたが小さな事業を始めたとする。

1年目は100万円の利益が出た。つまり0円から100万円という収穫があったわけだ。そして2年も同様に100万円の収穫があった。そして3年目も4年目もそれぞれ100万円増益という具合に毎年安定が続いたとする。

すると起業時からのあなたの視点にはこういう感じにみえる。

1年目 0円→100万円で大満足
2年目 100万円→200万円で2倍

ところが3年目はといえば
200万円→300万円で前年の50%増し

そして4年目になると
300万円→400万円で33%増となる

このように「同じ量の収穫」が続いていくと、加算される数字は同じなのにだんだん「増加率」は縮んでいくわけだ。この増加率を経済用語で限界効用というのだけども、つまり「満足度」となる。たとえば2年目のあなたは100万円を得た満足度が「200」だったが、4年目の同じ100万円を得た満足度は「33」だという感じだね。

現世的な幸福度の測り方

貯蓄を続けている人ならよく知るように毎月同じ金額を積み立てていくたびに、はじめの頃の「また増えた!」という喜びは感じられなくなっていく。

食べ物も同様に、はじめて食べた美味しさや感動を求めて何度もそれを求めていると、食べ物は同じなのに満足感は薄れていく。恋人と過ごす時間もそのように感じているかもしれない。

だから貧乏生活を送っている人が突然得た1万円と、お金持ちが得た1万円では「同じ1万円」でありながら、そして物価も同じ世界で暮らしているのにも関わらず「心理的な価値」がまったく違うことになるわけだ。

つまりこの「心理的な価値の大きさ」が“現世的”な幸福度となる。お金に限らず、物事への意欲や達成感なども同じく、すべてではないが、人間世界はこの限界効用逓減の法則に則すことになる。

すべてではないというのは、たとえば「食べることそのもの」や「眠ることそのもの」といったように、生理的な欲求は何度繰り返してもその価値が変わることはない。つまり体が自然本来的に必要とする生理的な欲求、また「行為そのものであること」は絶対的な価値にある。「愛すること」もそうだ。これらは大いなる次元の幸福となる。

だが人間幻想の幸福、すなわち「観念世界」においての満足度というのは、結局は他と比較した相対的に生み出された偽りの価値でしかないということだ。その意味で「愛されようとすること」はこちら側の現世的な幸福となる。

私たちの資本主義社会はまさにこうしたエゴ的本性をそのまま具現化した構造にある。生活が完全に密着しているゆえ、だからこそ偽りの価値に振り回された「眠り」から、なかなか覚めないことになる。

不幸にはまる罠

さてこの限界効用逓減の法則、つまり「同じ状態が続くと心の反応が鈍くなり、やがて無感動になる」という法則なんだけども、これには重大な罠が潜んでいて、そしてその罠によって人生は「みるみる不幸になっていく」ことになる。

だからこの罠に気づいたならば、不幸を回避することができるようになる→「現世的な幸福」を保持できるわけだ。

理解のために段階的に進めていこう。

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