自由意思という視点

自由意思はあるかないか
それを論じている時点で
エゴが”自由に騒いでいる”ことに
気が付きなさい

つまり自由意思とは
エゴという制限された中での表現であり
その言葉の先に自由はない

そのひとつ上の視点、
川の流れというその制限された中に
「自由はあるのか?ないのか?」
と自由に考えるエゴがある

そのように考えられることが
すでに自由なのだ

すべてはそのひとつ上の枠組みの中で
起こる自由であり、
そこに在ることがすでに自由なのだ

あなたが潮流を自在に操りたいのならば
さらにその上に視点を移せば良い
すべては下位を支配する

枠組みを作りなさい
そこに自由という水を流すのだ

クリエイティブな者はいつだって
自由なのだよ

 

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