自分をみている者に愛されてみる

誰もみてなければ
悪事を働いてもいいなんて
そういう人がいる

お天道様は見てるなんて
昔はよく言ったりもした

だから誰も見てなきゃ平気という人は
神も仏も信じていないということになるが
しかしそのお天道様は
実は己自身だったというオチにある

つまり誰もいなくとも
己はいつもそれを目撃しているということだ

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