鬼ヶ島

誰も見てなければ
悪事を働いてもいいなんて
そういう人がいる

お天道様(おてんとさま)は見てるなんて
昔はよく言ったりもした

お天道様とは太陽や仏のことだ

だから誰も見てなきゃ平気という人は
神も仏も信じていないということになる

それは結構なことだが
ところがその「お天道様」というのは
実は己自身だというオチにある

つまり誰もいなくとも
「己はそれを目撃している」ということだ

行為だけではなく心の中までもね

ここで重要なのは「見ている己」とは
その悪事を働いている「自分」ではなく
「自分」にこの世界を体験させている者

映画でいえば脚本家や監督

つまり「自分」の命運を握っている者が
それを見ていることにある

さあ大変だ

監督は「自分」にぴったりの物語
次々と提供してくるからだ

実際あなたもそうではないかな?

よそ行き顔の「いい子の自分」ではなく
本心の自分と今ある現実を
照らし合わせてごらん

「嘘」はしっかり見破られているはずだ
家でも会社でもどこでもね

それにも関わらず
つまり「嘘」がばれているはずがないと
あなたは善良を装い
世界に無実を主張してきた

そうして望みの世界に
塗りかえようとしてきた

だが自分が武士であるのに
宇宙の旅は現れない

自分が悲劇の主人公であるのに
映画はコメディにはならない

自分が鬼であるのに
善良な天使の楽園は到来しない

いつまで経っても
自分に”ぴったり”の現実が続く

自分がやっている通りのこと
自分が思っている通りのこと

それが体験する現実を継続させる

だからいいかい
大事なのは
“自分”が誰であるのか
ということだ

現実を変えたければ

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録はお済みですか? 会員について

この記事を保存・共有できます。

Notes , , , , , , , , , , ,

コメント・質疑応答

  関連記事