現実を自在に変える
自分が何者であるのかを考えるとき
または誰かに自己紹介をするとき
即座にこれまでの人生を振り返るだろう
だがそうしてみえてくるものが
本当にあなたの人生なのだろうか
「あの時あんなことがあって
それからいまの私があるのだから間違いない」
もちろんそう言うだろうけども
だがそれは
そのように思い込んでいるだけにすぎない
なぜならその思い出された過去とは
「いまの思い込み」に合わせて
都合よく区切り直しているにすぎないからだ
そのようにして過去は「いま」作られる
過去が作られるということは
単に「過去のどれかを選択している」
ということではない
選べる過去など存在しないからである
記憶の「ある範囲」に区切りを入れて
その区切られた範囲を何らかの意味として
引き出しているというわけだ
実際日々の物事には開始も完結もない
たとえばあなたが出社して
上司から新しい仕事を任されて
そして数日間の努力と葛藤の末に
どうにか完了させたとしても
その仕事はその会社に入社したときから
またその会社に勤めることになった事情や
それに行き着くまでの人生をすべて含めて
「すでに」始まっていた
いま歯医者で順番を待っているならば
昨晩から痛む歯が起因なのではなく
歯が悪化した原因のまた原因
さらにその原因にある
何十年前の学生時代の授業中に消しゴムを
床に落としたことを原因にすることもできる
つまりあらゆるすべてが
いま歯医者で待っていることに
関係してくるわけであり
そのように遡っていけば
原因は無限に連鎖していく
それなのにどうして
いま着手していることが
「上司に頼まれた仕事」だといえるのだろう?
どうして「歯が痛いから、
だから自分は歯医者の待合室にいる」
といえるのだろうか
それはいま「自分はこうである」という
思い込み(枠の設定)によって
過去をそれに合わせて特定的に区切っているのだ
「”直接の原因”はなにか?」と
よく言ったりするけども
それは言いかえれば
いかなることも原因になり得るからだ
そうして過去を特定的にすることで
現実は「よりリアル」になる
わかるかな
いま目の前にある物が「大きいかどうか」は
小さいものと比べるからわかるのだ
1.
このようにどこまでも原因を
遡れることが理解できれば
同時にどのような物事も
「完了しない」ことがわかる
つまり何も始まっておらず
そして何も終わらない
何かがずっと続いているだけ
その一本の流れのなかで
様々な出会いや体験がされていくが
それらも「そのように区切ってみている」
からに他ならない
区切ることではじめて
「意味を持った出来事」として
現れてくる
それが私たちが「自分の人生」と
呼んでいるものである
つまり「運命論」というのは
自ら付けた「区切り」に
囚われた状態のことでしかない
だから人生を望むべきものへ
価値あるものにしたいならば
この原理の「逆」をつけばいいのだ
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