あるがまま

存在するものは
他のものが存在するから存在する

物でも人でも出来事でも過去も自分の心も
なんでもそう

青色はそれ以外の色があるからこそ
青は存在するように

また影がひとつもない世界では
光が”存在しない”のもそうだね

たとえ光に包まれていても
どこにも光をみつけることはできない
だろうからだ

だから主観的にいえば
認識や識別がそこに何かを存在させることになる

認識や識別とは「区切る」ということ
区切られたからこそ何かが現れる

不幸なのは不幸だからではなく
他と区切られたがために
“その比較による劣位”を不幸と呼んでいるにすぎない

そうして存在するものは
他のものが存在するから存在するのだけども
だからそれ単体で存在するものなどないわけだが
じゃあ「あるがままに観る」とはなんだろうか

それはつまりあなたのみている世界は

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