ラストライト

人はたくさんのものを失い続ける。それは人間であることの宿命ともいえる。

誰もが若い頃、人生は何かを獲得するためのステージだと考えていた。上り坂にあって、理想を求めて一生懸命に生きていた。学校や社会で周囲と肩を並べて競い合っていた。「誰が一番早く幸せになれるかな?」と友人も家族もみんなで息を切らせて走っていた。

だがあるときから「追い求めるだけで本当は何も獲得などできない」ということに気付き始める。

1.

違和感はそれなりにあったけども、それはまだ何も手にできていない欠乏感からだと思っていた。

だがそうではなかったのだ。最初から欠乏していたし、そしていまもこの先もずっと欠乏したまま、つまり「いつも何かが足りない」のが人生なのだと知るようになるわけだ。

子どもの頃に夢見た世界などかすりもせず、別の何かで埋め合わせるように生きてきた。だがその埋め合わせはやはり胡散臭くて、常に偽物の臭いで満ちている。

本当はもっと大きな家で暮らしたかったし、本当はもっと充実した休日を過ごしたい。でも実際はどうだろう? 溜まった欲望を安っぽい手段で放出しては、また溜め込むだけの繰り返しのくだらない人生だ。そうして誰もが人生に幻滅していく。

使い捨ての何かを使っている己自身のほうこそが、使い捨てられ続けてきたのである。

2.

そうやって欲望の発散を続けるだけの日々を送っていると「いつか人生が変わるかも」とほのかな期待を持っていたあの頃が愚かだったと思うようになる。

これでもどうにか暮らせているのだ。光熱費を払って、貧相ながら食べ物にありつける。いまを支える歯車がひとつでも狂ったら大変なことになる。理想の暮らしどころか、常に油断できない綱渡りにふらついている。

だからまあ感謝だ。自分はとりあえず生きているし、そのうちにまた楽しいことが見つかるさと心に言い聞かせるようになる。

しかし人生が下り坂に変わりはじめるころから、その感謝は裏目に出るようになる。

まだ一度も何も獲得していないのに、わずかに持っているものさえも奪い去られていくからだ。つまり「回収」がはじまる。人生は以前にも増して無意味なものに感じられていく。

いやそうじゃないね。

自分が存在していること自体が、実はなんの意味もなかったことを悟るのである。

3.

街を歩けばたしかに賑わっている人々がいる。だがそれも無意味だ。近所の人たちの挨拶も無意味だ。憩いの公園も無意味だ。みんな無意味だ。家族との会話でさえ無意味だ。

みんな一時的なものでしかない。どうせ消えていくのだ。

何のために一生懸命生きてきたのだろう。自分はなにを勘違いしていたのだろう。得ても失われる。ただ悲しみしかない。苦しむだけでしかない。なにも手に入らない。満たされた瞬間なんて数えるほどもない。

やがて求めることをやめるようになる。ただ失われていくだけの毎日に流されていく。事物の存在はただそこに瞬間的に配置されているだけ。いかなるものも確固たる存在の理由などない。まったく無意味な世界に囲まれている。

幼児に与えられる玩具のようなものだ。プレゼントだと素敵な包装に包まれたのもその時だけ、倉庫に放り込まれて埃をかぶっている玩具の群れがまさにこの世である。

4.

街を歩いて思う。自分を含めたすべては、たまたま偶然にここに「並べられているだけ」なのだと。自分は大した存在でもなく、唯一の繋がりだった家族や知人たちも次々と死んでいく。世界との繋がりがどんどん薄くなっていく。

虚しさとやり切れなさ、そんな喪失感の連続に耐えられずにおかしくなる者もたくさんいる。私の周囲も何人か自ら命を絶っていった。中学生だった私に愛することの素晴らしさを教えてくれた先生は、その数年後に自殺したという知らせが届いた。私自身も長いあいだ打ちのめされ続けていた。

「生きてて何の意味があるのか」と考えることにすら意味がないのだ。その空虚さをどうして埋められるのか、とね。

未来はすべてが集まっていくものだと思っていた。だがそれは完全に間違えていた。未来とはすべてが失われていく空間だったのだ。

5.

だがね、そうしてはじめて大事なことに気づくのだよ。

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