正しさの判断

「あの人は正しい」とか
「自分の考えは間違っていない」とか

私たちはいつも”正しさ”の選択に直面する

なぜならそれが他者の正しさであれ
自分の正しさであれ
そうやって正しさを判断するとき
それに従おうとしているのであり
つまり今後を左右してしまうからだ

ところが正しさの基準とはなんだろう?

その人が正論を言ってるからだろうか
物量的な結果が根拠として計算されるからだろうか

だがこれも私たちが痛感しているように
それらの正しさはときとして
他人を蹴落としてこそ保たれたり
それまで守られていたものを
踏みにじることになったりして
何か大切なものを失っているときがある

実際その選択によって進めた道は
どこか寂しいものだろう

つまり本当に基準としなければならないのは

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