夢のなかで目を覚ます

朝ベッドで目を覚ましたとき
「ああ、なんだか素敵な夢だった」と
思い出していることがあるだろう

そう、”目を覚ましたとき”に
それは素敵な夢だったとわかるんだ

じゃあいまこうしてみている夢が
素敵だったことに気づくのは
この夢が終わってからだろうか?

それは悲しすぎるね

人間の世界が儚さで満ちているのは
いつも気づくのが遅すぎるからにある

「それはそうかもしれませんが
でもどうみても
この毎日が素敵だとは思えません」

それはあなたが
まだ目を覚ましていないからだね

 

たとえばいろんな欲求が
満たされる時代になったかわりに
「散歩だけ」をする人が減った

それはむしろ欲求が満たされるというより
満たすための欲求が
次々と与えられる“時代になったからだが
それは物欲や自己顕示欲に限らない

現代人はあらゆることに
「目的」を持たなければならなくなってしまった

買い物や犬の散歩のついでに歩いてるとか
フィットネスのためのウォーキングとか
そうして何らかの「目的」のある散歩はあるけども

ただ散歩のために歩くというのは
時代とともに減ってきたわけだ

近所の爺さんでさえ
用事がなければ出歩かない

つまりそれ自体に欲求が”与えられていない”から
現代の人々は散歩そのものを
無意味なものとして捉えている

“与えられる欲求”を満たすこと

言いかえれば
まるで餌をぶら下げられてるように
常に未来にその実現があり
その目的の達成のために
いまを見失い続けている様子にある

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