ここはあなたの世界

怖がる必要はない

ここはあなたの世界だからだよ

何を恐れるというのだ

 

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  1. 爽やかハンサム より:

    デリケートな事なのですが、ちょっとやってみます。

    ここは「物申す」という所があれば、自分さんよろしくお願いします。

    「行く道」が塞がって、前が行き止まりになってしまった時。
     
     この世界は「矛盾」が起こり続けている事に気が付くこと。
     「パラドックスが当たり前なんだ」と気が付くこと。

    まず、これで目の前が開けるはず。

    では、始めよう。

    「問題と解決は、ワンセット」
    これは「嘘」である。

    「問題=起こり」しか存在しない。

    だから「問題を解決する?」というのはナンセンスだ。
    意味が通じない。

    それは、ただそこにあるものだ。
    そこに登場しているだけのものだ。

    さらにそれは現れた時点でもう過去なのだ。
    過去と出会っているのである。

    だから「問題=起こり」に対して、
    「あれ? なんで? 違うだろ。」とした時点で、「私」が立ち上がってしまい、「起こり」と対面してしまう事となる。

    そして、「私」はそれと戦う戦士になってしまう。

    しかし、「私」が「起こり」と一体となって、それと共に在るなら「何も問題にはならない」。
    見事にその役をこなしている名俳優だ。

    しかしそこから外れようとした途端、出ようとした途端、私の脚本に変えようとした途端、戦士となってしまう。

    その戦士の名は「恐怖」だ。

    これが新たに「私」が創りだしてしまった「問題だ」

    それが問題だ。

    全ては「起こり」から外れようとすることで、「恐怖」となってしまう。

    その「恐怖」は、問題とは「全く関係の無いもの」。
    そこに無いものだ。

    だから、逃げずにそこに留まること。
    じっとそこに留まること。
    すると「恐怖」は無くなる。
    「問題」だけになる。
    問題が無くなっている。
    「戦う相手がいない」からだ。

    後は、その中に入って一緒に流れて行くだけ。
    そこから「起こる行為」をやって行くだけ。

    この行為は戦士がするのではなく、「起こりに含まれた行為」だ。

    もし、それが大暴れなら大暴れが起きる。
    イエスは「金貸し商」に対して大暴れをした。

    でもひとつだけやってはいけない事がある。
    「何もしない」をやる事だ。

    そして、過ぎ去った後に気付くべき事がある。

    私が問題を解決したのではなく、「目の前のステージ」が変わっただけだったのだと。

    それは「解決」をしたのではなく、
    その「起こり」は、いつの間にか無くなって、また新しい起こりがそこで起こっている。

    • 自分 -涅槃- より:

      爽やかハンサムさん

      それでいい

      結局のところね
      まあ
      聖書でいう楽園とは

      普通に暮らしている世界のことなのだよ

      悟りとは
      普通に世界を生きるということだ

      つまり人類は
      まったく普通に生きていないということ

      蟻のように
      蝶のように

      花のように
      木のように

      動物たちのように

      雲や風のように
      雨のように

      人間もそうなのだ

      未来や過去など
      どこにあるのかね?
      というより、
      それは一体何なのだろう

      希望や絶望
      不安や焦り
      それは一体何なのだろう

      これで悟りなさい

  2. maki より:

    いつもお返事ありがとうございます。

    ここ最近読ませて頂いている中で思うのですが
    とんでもなく勇気と決意が必要になってきませんか?
    私がそう思っているからそうなっているんですかね。
    でも読めば読むほどそう思います。
    怖がる必要がないといわれても怖いのが正直な所ですが
    でも怖がるのにも疲れてきたというのも最近はあります。

    • -自分- 涅槃 より:

      makiさん

      すまない、あなたのコメントを見落としていたようだ!

      >とんでもなく勇気と決意が必要になってきませんか?

      あなたは2015年7月だが、私はいま2016年4月にいる。

      さて、何を恐れるのだろう?

  3. あき より:

    いつもありがとうございます
    自分さんの御返事にこころを軽くさせていただいてます
    今、選択の迷いからうまく離れることができません
    解決しようとすることや不安からの行動は必要ない
    といつも受け取っているのですが
    今後に対しての恐怖が、行動と決断を迫ってきます

    私は現状を解決する為に行動を起こすべきでしょうか
    こちらに向かえば少しホッとします
    それともこの不安を観ていく方を選ぶべきでしょうか
    こちらはかなりスリリングです

    全て自然現象で私が選ぶわけではないのでしょうが、そんな迷いが今起こっています
    そして
    迷いが迷いで完結しているなら
    もしかして上の選択肢は迷いを説明する(経験する為の?)思考でしかないのでしょうか?

    • 自分 -涅槃- より:

      あきさん

      間違えてはいけないよ
      あなたが「どちらを選択しようか」と
      しているのはマインドだ

      未来を考えるとき
      すべてがいまに響いてくる

      例えば、夜に白米を食べるから
      炊飯器をセットする
      その行為にでる

      1.今した行動が
      未来を作る

      2.未来を計画すれば
      今に行動が起こる

      どちらからでもアプローチできるが
      つまり、未来とは今のことだ

      もっとストレートにいえば
      行動がすべてを変える
      行動が世界を変える

      あなたが問題としているのは
      不安や恐れからきた行動だから
      どうすればいいのか、ということだ

      いいかい
      不安や恐れと
      その行動はまったく関係がないことに
      気が付きなさい

      行動するときは
      何も考えないことだ

      だが計画するときは
      行動していないときにしなさい

      両者を一緒にしてはダメだよ

      また近いうちに
      自己管理の法で書いていくよ

      とにかく「行動」だ
      強烈に行動しなさい!

      一切思考してはならない

    • あき より:

      はい!
      わかりました!

      行動と計画を一緒にするから
      気分も絡んでくるし
      行動を妨げる事になるんですね

      不安をこちらの返信や知識で埋めようとしていた様です
      四の五の言わずに「体験」してきます!(笑)

      困ったらまた来ます。

    • 自分 -涅槃- より:

      あきさん

      よろしい
      あなたがコトを起こしたら
      世界がどのように変容していくか
      それを眺めておきなさい

      すべてあなたのためだけに
      存在しているのだとわかるだろう

      ただ動いているだけでいい
      動きが循環だ

  4. maychan より:

    こんにちは、自分さん。
    ここ最近の記事はとても納得がいくのです。あぁそうだよなぁ…と思えます。
    以前は記事の中に?と思った部分があったけれど、今はよくわかります。
    でも心は軽くなりません。
    あれこれ理屈っぽく考えるのも疲れました。
    えぇぃ!もういいや!と投げる思い切りも出てきません。
    何が私を捕まえてるのか日々思い巡らします。

    『本書について』という記事を何度か読み返してみました。幸せに戻ろうと思いました。一番最初の記憶にある私自身、2歳くらいの私。回りの全てを信頼していた幼い私。

    このもやもやに決着をつけるのは私しかいないのもわかっています。
    何にこだわっているのだろう…。

    • 自分 -涅槃- より:

      maychanさん

      最近のコメント欄のトレンドだがね
      あなたが納得を求める限り
      そこには決着も必要となるだろう

      つまり、最近の記事に対する「納得」もそう
      あなたの基準で染め上げることが
      すべてにおいて前提にある

      だから納得のいかないものが出てくるのだよ

      そうではなく
      そこにあるものを見つけなさい
      そこにないものを探してはならない

      それが納得ならばそうだ
      だが、納得でないなら
      それがそうだ

    • maychan より:

      お返事ありがとうございます。
      そうですね。「納得」して何になる?と思ってる自分もいました。
      どこまでも追いかけていくの?と思ってました。

      コメントを送信したすぐ後にUPされた
      「同じ日を繰り返して幸せになる」
      の記事の中にお返事がありました。

      私はいつも未来の心配をしてました。
      今は子供たちの心配ばかり。
      今日一日、心配事はほっといて
      目の前のことだけに集中してみます。
      キッチンを磨く手元やパソコンのキーを打つ指先、
      歩くときの足裏の感触とか。

      さあ、今から動きます!

    • 自分 -涅槃- より:

      maychanさん

      もしあなたが同じ日を過ごすことができたとき
      そこに憶測はないし
      不安も恨みも
      自己主張もない
      そこにあるすべてを
      愛することができる、
      そんな気持ちだけが起こる

      だが昨日までを思い出してごらんなさい
      もう過ぎたもの
      あなたはすべてを知っている

      さて、世界には何が残るのだろう

  5. ガルシア より:

    自分さん、この記事を書いてくださってありがとうございます。
    目に映るもの、肌に触れるものに「あれも自分、これも自分」と繰り返していたら、今日やっと「自分の世界」という感覚を垣間見ることが出来ました。

    シナリオどころか、作、演出、主演、共演者、エキストラ、舞台セット、大道具、小道具、美術、音響、照明、すべては自分だったのだと感じました。
    自分総出で、自作自演の劇を繰り広げていたのかと思ったら、ふと笑いが込み上げてきました。
    そしてやはり、ある種のトリップ感がありました。

    世界の隅々に至るまで、すべて自分なのですから「好きに生きる」しかありませんね。
    というよりも、すべて自分である以上好きに生きざるを得ない。

    「好きに生きる」とは、欲望に忠実に生きるとかそういう種類の話ではなかった。

    太陽も月も部屋のホコリも私。

    これならば、私も好きに生きられそうな気がします。

    そして、その感覚を確かめるように風景を眺めながら何気なく右を向くと、そこには右がありました。
    驚愕しました。
    嗚咽しそうになってしまった。

  6. ガルシア より:

    植物のように、虫のように、動物のように生きていればそれで良かったのだと気がつきました。

    雨に降られ、太陽に照らされてぐんぐん伸びていく新緑のように、生命そのもの、自分そのものの“生”を生きていればそれで良かったのだと。

    このことを誰も教えてくれなった。
    教わっていたとしても、その伝え方では私にはまったく伝わらなかった。

    自分さんありがとう。あなたのお陰でようやく感じることが出来た。
    あなたは私に、「私はあなたなのだよ」と語りかけてくれた初めての人だった。

    これから、涅槃の書を、そこから感じる自分さんの気配や感触、その存在を、捨て去っていこうと思います。

    • 自分 -涅槃- より:

      ガルシアさん

      よろしい
      人間はその意識の傾向ゆえに
      大いなる勘違いをする

      だがそれは間違っていることではない
      ただ迷っているのだ

      地上と天空との狭間に
      人間の意識がある

      動物や植物など地上の者たちのように
      自然の法に在りながら
      すべてを包む天空の意識をも備えている

      つまり可能性という鍵を持っている

      だが人は迷う
      自分で檻に入って
      自分で鍵をかけてしまう

      自分を閉じ込める可能性だけを
      見いだしてしまう

      風に吹かれ
      雨に濡れ
      太陽に照らされるとき
      あなたの肉体は大地となる

      そして
      「わたしが在るゆえにすべてが在る」

      すべての生き物も
      すべての事象も
      すべてあなたなのだ

      あなたは受容そのものになる
      つまり神に到達する

    • ガルシア より:

      自分に“生”を感じられるようになったら、他者にも“生”を感じられるようになった。
      朝、駅まで向かういつもの光景は素晴らしかった。
      自転車通学の中学生の姿、散歩中のおじいさん、小走りに駅へ急ぐアラサー女性の姿に感動を覚えて仕方がなかった。

      昨日は街に出たので多くの人を目にしたが、その人たちにも“生“の躍動があり、誰も彼もが美しかった。姿かたちの美醜はあれど、そんなものではなかった。誰一人にも嫌な気持ちにならなかった。

      感覚が変わってしまった。私の世界が一変してしまった。
      だからといって日常は変わらない、電車の時間に合わせて身支度をするし、混んでる店にはいつも通り待たされた。

      「わたしが在るゆえにすべてが在る」

      私が自分さんに「私はあなたなのだよ」と語れるようになったとき、超えられるような気がしています。

    • 自分 -涅槃- より:

      ガルシアさん

      よろしい

      もう少し溶けなさい
      もう少しだけだ

      「世界は自分をサポートするためだけにある」

      街の中でこれを瞑想しなさい

      あなたが何かをやれるために
      その世界が起きているのだ

      どこかを見れば
      その風景が見える

      何かを調べれば
      それについて応答がある

      全部あなたが自分で返しているのだ

      世界に包まれている感じを捉えなさい
      そして「空気」「水」
      これらがすべてを繋げていることに
      気が付きなさい

      ここはあなたの体内だ

    • ガルシア より:

      自分の中の自分さんへの依存心を自覚するようになりました。
      認められたい、褒められたいと、自分さんの顔色を窺っているのです。

      ただ眺めることに努めていても、それも自分さんからの教えゆえ自分さんの気配がよぎります。

      こうなることはわかっていました。
      しかしこれは苦しい。とても苦しいです。

    • 自分 -涅槃- より:

      ガルシアさん

      いいかい
      あなたは私を見ているのではなく
      あなたの中の私を見ている

      つまり
      あなた自身を私に見ているのだよ

      私はいない

      そして
      あなたの関係しているすべての人々
      すべての物
      すべての状況

      それらも実在しない

      あなたはそれらを通して感じている
      自分の心を見ている

      そこに気が付きなさい

  7. さばみりん より:

    夜分にこんばんは。
    もともと唯識に関して色々調べていましたらたまたまこのサイトに辿り着きまして、今最初から全記事を順に読ませていただいております。本当に面白いです!
    今まで趣味で色々な哲学や心理学や神秘・神学に関するなどの本や記述を読んできましたが、涅槃の書のアプローチはこれまでになく非常に斬新で衝撃的かつユニークかつユーモラスでワクワク致します^^
    とまあマインドがこのような感想を今申しておりますが、わたしの世界にこのサイトが出現したことに感謝します。ー人ー

    • -自分- 涅槃 より:

      さばみりんさん

      ありがとう
      こちらこそ
      あなたの世界に招いて頂いて光栄だ

      だがあなたが本書を読んでいることが
      すでに唯識の中にある

      つまりもし本書が官能小説であっても
      あなたは何かを感じたというかもしれない
      また、本書に不完全な何かを感じるならば
      それはあなた自身の不完全さを現している
      これは他者に対しても同じ
      世間に対してもそうだ

      あなたが”関わる”以上、
      それは”そういうもの”となる

      寒山・拾得について調べてみるといい

      寒山は奇妙で不気味だが
      彼に囚われてはならないよ
      そうではなく
      “あなたの世界に彼がいる”ということ
      それを彼から悟ることだ

      すべては主観的なものである
      それが唯識の神髄となる

      時間や物理の法則を前提に考えるから
      難解になるだけであり
      そこにあるものは
      そこにあるから、あるのだよ

      サイコロを振って出る出目は
      6分の1ではない
      常に結果の世界にいるのだ

      つまり寒山は実在しない

    • ZENON より:

      ありがとう、涅槃の書、そして自分さん。
      教えていただいた人物を調べてみました。初めて聞く名でしたが、調べてみると確かに恐ろしく思える人の絵が登場しました。
      だが、その瞬間に感じた恐ろしさ、それだけを大切にしていればいいのですよね……。

    • -自分- 涅槃 より:

      ZENONさん

      あなたの世界に怖いものはたくさんあるね。お化けもそうだし、不慮の出来事もそう。だがなぜ怖いのかといえば、得体の知れないものだからだ。つまり得体が知れているもの、たとえばあなたの爪や髪が伸びることだとか、腹が減ることだとか、そういうものは恐怖でもなんでもない。

      得体が知れないというのは、そこから離れているからそうなるのだ。これはあらゆるネガティブ、不幸にも言えることだ。人はなぜ不幸になるのかといえば、物事から目を背けようとするからなのだよ。そこに「不幸」があるならば、しっかりとその不幸の服を着ることだ。ならばそれは得体の知れたものとなる。つまり不幸を超越する。それはごく自然な光景となる。あなたはその中で自由を手にする。

      ホラー映画の登場人物ですら、あなたが受け入れたらそれは友人となる。なぜなら彼(彼女)はあなたが知るから存在できるからだよ。

    • Xenon -ewigkeit- より:

      不意を衝かれた気がしました。
      恐怖の正体とは目の前の真実(出来事)から背け続けることで増大化するナニカということですか。
      しかし言われるまでもなく何処かで分かっていたことのはずなのに、
      人と言うものは全く私も含め、そのナニカと抗い続ける聖戦を続けていくのでしょう。まるで恐怖こそが生の総てだというかのように。

      この世界とは総て恐怖であり、偽りであるから、
      どこか別の場所へ己を移すことで完全な運命と生を手に出来るのかもしれない。
      汚らわしく嫌なこと、避けたい出来事、呪いたくなる運命……
      自分の都合のいいように解釈し、想像し、全く別の、己だけの価値観で世界を築き上げることで、総てを変えることが出来れば楽しいのかもしれません。

      この「私」がどこか別のナニカであれば、恐怖も超越できると考えましたが、沸き上がってくる渇きをいやすためには、目の前のこととやらに「向き合う」という気持ちを持っていなければならないのか?
      自分さんのお言葉と共に熟考し、己だけの叡智界を展開するも「他者」という存在が大きくなっていくばかりでした。
      「知る」ことで恐怖が少なっていくならば、ここに残るのもまたいいのでしょうね。

    • -自分- 涅槃 より:

      さばみりんさん

      怖いも嬉しいも、すべてあなたの体験することだ。つまりあなたがいなければ、貞子もスイーツもないのだよ。みんなあなたの中で踊っている。これから生まれてくる新しい命も、いま死んでいく命も、すべて「あなた」の中で起きているのだよ。

      では一体、何を選別する必要があるのだろう?「私はこういう人だから」というポリシーは自分の世界を狭めているだけのことでしかない。

      大事なのは自分はいずれ死ぬということだ。同時に世界は暗幕するということだ。

      それがすべての解答なのだよ。

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