心が変わると世界が変わる

1.あなたが努力を続ける日々の中で
誰かに掛けられた声援に感涙した

2.だらだら寝転がって頭の中の妄想を繰り広げる内に
込み上げてくるものがあり感涙した

3.テレビドラマを見ていたら
そのストーリーに感情移入し感涙した

上の3つに違いはない
根拠が外的だろうと内的だろうと
それがフィクションでもノンフィクションでも
あなたは感涙をしている

すべては「反応」ということだ

ではあなたが妄想の恋人を浮かべ
その相手と愛ある日々を送っていたとしても
全然構わない
相手が実在しようがしまいが
あなたの受動性には何ら変わりはない

ただ「実在しない相手に
恋い焦がれてるのは気持ち悪い」などとすれば
あなたは自らの基準を離れてしまう

いいかい
すべて主観的なものであるということ
「完全な自分が世界を生きている」ということを
常に前提にしていなければならない

いわばセンタリングだ
それが「いまにある」であり「時間の超越」である
テレビゲームでいうところの1人称な内容のもの

時間に追われて生きているのではなく
あなた自体が時間そのもの
あなたが11時32分で、あなたが14時22分なのだ
完全にそこに在る状態、それがあなたである

そうして徹底的に「自分」を意識していれば
いずれ「自分」が消えていることに気が付くだろう

思考ですら、空間上に浮かんでいる単なる出来事だ
あなたはそれをキャッチしているに過ぎない
街でいきなり悪態を付いてくるおばさんを見たことと
それに対して「自分の脳で浮かんだつもり」でいる思考は
「そこにあったもの」だ
決してあなたが発生させたものじゃない

あなたとは11時32分そのものであり
常に完全な状態がそこにある
で、そこにある何をキャッチするか、
つまり何に意識を向けたか、が
11時32分に知覚している世界の様子となる

逆の言い方をすれば
そこには常に何もないというこだ
あなたが意識を向けることで
あなたの知覚が生まれるのだよ
対象物としていたものとあなたの知覚
この2者が別個のものではないということ
そこに気がつくのはそんなに遅い話じゃない

特に予定のない日
ただリラックスして
楽しいことを考えてみなさい
食べものでも遊びでもいいし
まあ未来の予定でもいい
すると楽しい気分になる
実際には「実物」らしき対象などないが
あなたは途端に楽しい気分になる

これをクレイジーとするかね?
妄想の恋人と壮絶なロマンスを繰り広げる
ハラハラドキドキ、そして抱擁、
愛の日々に満たされる
だが相手は実在しない

または実在の人物と壮絶なロマンスをする
愛の日々に満たされる

妄想との違いは何だろう
あなたのハートを燃え上がらせることに
変わりはない

だが言及するならば
妄想であろうと受動的になるということは
それを期待して待つということになる
前回の記述のように
それはいつまで経ってもその立ち位置のままだ
「満たされたい」というポジションが
永遠に続いていく

だから常に達成された状態でありなさい
理由も根拠もいらない
理由や根拠などというのは、
実在するとかしないとか
そういう対象のことだから
実際そんなものなくてもいいのだよ

つまり「根拠もなく常に幸せなあなた」が
その世界を生きるのだ

常に幸せなあなたの世界には
悪態を付くおばさんが登場しない
つまり悪態おばさんを意識が作らない
そこに「似たようなもの」があるかもしれないが
あなたはそれを捕捉できない
「似たような‥」ですら触れることができない

これが「世界が変わる」だ

 

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コメント・質疑応答

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  1. まぐ より:

    常に根拠なく幸せでいる、というのは毎日毎日繰り返し意識していればその状態が普通になり、慣れるものなのでしょうか。

    潜在意識やスピリチュアルの活用でも共通して必ず言われている事ですよね。私も意識して過ごしていますが、予想もしなかった幸せが突然自分のもとに舞い込んでくると、やはりマインドが「もっと欲しい。手放したくない。この幸せはいつか消えてしまうぞ!それはいつだろう、不安だ!不安だ!」と途端に騒ぎ始め、幸せが消える不安に焦点が向き続けます。

    反射的な反応で、外側の幸せを掴み取ろうと必死になるマインドに振り回されている事は理解しているのですが、一度そうなるとマインドの収拾がつかなくなり、ズブズブと飲み込まれ・・・一喜一憂してとても疲れます。

    私も早くマインドの支配から脱出したいです。

    • 自分 -涅槃- より:

      まぐさん

      例えば宝くじか何かで4億円ほど得たとしよう

      あなたは車の渋滞だろうが
      店員の態度だろうが
      ちょっとした障壁があろうが

      それまで苛ついていた物事に対して
      大金を得たことで
      寛容な気持ちになるかもしれない

      なぜならば焦りがないからだ
      そこで何が起ころうが
      私には自由と安心がある

      そう思うかもしれない

      いいかい
      大金を得たところで
      金を使う回数はいまと同じ

      ならばなぜ寛容になるのか
      大金が力を与えたのではない
      あなたの中で世界への意味付けが消えたからだ

      つまり世界をあるがままに見ている
      それが「幸せ」というもの

      いまあなたが幸せでないならば
      それは焦りや不安など何らかの感情により
      世界をあるがままに見ることができないからだ

      だからあなたは
      「お金持ちになったら幸せになるかもしれない」
      「理想の相手と知り合えたら幸せになるかもしれない」
      「夢が叶ったら幸せになるかもしれない」
      そう考えている

      金に関していうならば
      何かを得ても、また別の何かがほしくなる
      それもいまと同じ

      あなたが今の現状を変えたいとしているならば
      それは大金を得ても
      夢が叶っても
      いまあなたが思う最高の人生になっても

      やはり「どうすれば、あのようになれるのだろう」と
      思うだろう
      どこまでいっても
      あなたは先を望んでいるのだ

      さて
      あなたの望む幸せとはなにかね?

      あなたはいう
      「繰り返し意識していればそれが普通になり慣れるのか?」
      それは「いまはそうじゃない」が前提の話だ

      ならば、あなたは一生幸せにはなれない
      幸せとは、いまそこにあるものだからだよ

      金持ちになっても
      スピリチュアルを極めても
      悟りとやらを開いても
      やはりあなたは幸せを求めるだろう
      あなたにとって幸せは求めるものだからだ

      幸せは、何がどうであるから幸せだ、というものではない
      だから根拠を探してもならないし
      意味も理由もない
      探す限り、いつまでも探すことになる

      そこでいま幸せだとしてみなさい

      床があり、壁があり、明かりがあり
      音が聞こえ、視界があり、心臓の音が聞こえる
      そこに意識を向けてみなさい

      それが「幸せ」だよ
      意味はない
      意味がないから幸せなのだよ

      意味を求めれば不幸となる
      あなたがずっとそうであるようにね

      マインドの支配とは
      あなたが探し求めることから生まれている

      そこに気が付いたらクリアだ

      探し求めても
      探すことをしなくとも
      あなたは幸せになれる

コメント・質疑応答

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