見えているものと見えない何か

夫婦や恋人同士
親しい仲間や職場の人たち

そのように他者同士がひとつの関係にあるときに
共通しているのは
見えないものを信じ合えているということだ

来月や来年になにが起きているかはわからない
だが夫婦は何かを信じてそこに向かう

実際その何かさえもわかっていない

現在抱える苦悩が解決してほしいと願うのは
もちろんだけども

しかしそういった解決自体ではなく
もっと大きくて揺るぎない場所に
いつか到達するのだという思いがどこかにあるゆえ
心折れずに日々を励んでいる

 

1

ところがその場所がどういうものであるのか
それが何であるのかは明確にはわからない

いまよりも幸せで豊かであるような具体的な状況は
想像することはできても
その内容は夫婦では異なるものだろう

だが”同じ方向”を見ているのはたしかだ

何を見ているのかわからないそれを共に見ている
見えないものを信じ合っている

職場も同じく自分たちの会社や店が
この先もうまくいくかどうかはわからない

もちろん給料さえ貰えていればそれでいいと
考える人が大半だろうけども
しかし会社での自分の役割や仕事について
「ここはこういうふうにしなきゃ」と考えるのは
何らかの水準を保たせようとする意識があって
それもまた見えない何かを信じているからこそにある

「そうやらないと上司に怒られるから」というなら
まさにそれが職場の者同士で
見えないものを信じ合っている様子にあるわけだ

会社や店が好調であることや
仕事が十分に評価のできるものであること

それによって事業や勤務が存続できるのはそうだが
その”存続”とは何がそこに存続されているのだろうか?

つまり「保たれた何か」がそこにあり
その見えない何かに近づこうとする意志が
職場のなかで暗黙に同意されているのだといえる

仲間の集まりも同様に
楽しいことやみんなで喜べることを
お互いでいつも考えている

むしろその目的のために
自分たちはそこにいるのだという自覚もある

楽しいものや喜べるもの自体は
その時々で入れ替わるだろうけども
楽しむことや喜ぶことは不変であって
だから目指している方向はいつも変わらない

だがその目指しているものは姿も形もないものゆえ
直接に見ることはできない

 

2

そうしてみれば
同じ街や同じ時代で暮らしている見知らぬ者同士も
見えない何かをお互いに信じ合っているのだとわかる

平和に暮らしていけますように
災厄が起こりませんように

それはいまのままで何も起こらないでほしいとか
いま起きている問題が消え去ってほしいとか
そのような願いであるのだけども

その何も起きていない様子とは

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