この世が幻想であるということ

他者は幻で不幸も幻
この世はすべて幻想である

スピリチュアルな話には
どこでもそのように書いてある

世界的な宗教でも
また古代から続く伝統社会でも
似たような話が今も語り継がれている

最近では科学も
どうやらそうらしいということで
これまでの考察のあり方が
見直されてきている

哲学の分野でもそうだね

たとえば「AはBである」なんて感じで
様々な大哲学者たちによって
深い洞察が唱えられてきたわけだが
どうしてAはBであると
「そもそも考えているのか」
というところに誰も指摘しなかった

「そりゃAはずっと謎だったから
Bという考えを提起したのだ」というが
ならどうして
Aを謎だと思っていたのだろう?

つまりAを「謎にしたい」という
願望がそもそも根底にあるわけだ

 

1.

さてやや遠回りしたが
「この世は幻想である」の意味を
正しく理解しなければならない

他者は幻だから何をしてもいい?
嫌な気持ちになっても
この世は幻だからと割り切ればいい?
ならば幻想が切り替わる?

そういうことではないのだよ

棒で頭を叩いて痛いのも幻であるし
お金が尽きて苦しんでいるのも幻なのだ

つまり「すべて」が幻であること

だから人生に不幸を感じて
「これは幻だから大丈夫」と
ハッピーを願うことには何の意味もない

そのハッピーを願っていることすら
幻であるからだ

あなたは言うだろう
「じゃあ幻の外にはどうやって出られるの?」

誰が外に出るというのかね?
その見解がすでに見誤っているのだ

幻の外なんてのはない

そのようなことを考えている
あなた自身を含めて「すべてが幻」なのである

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