当たり前すぎることに目を向けるとき扉は開く

たき火に近づき過ぎると熱い
火傷をする

だが遠く離れた場所から見るとき
たき火は確かにそこにあるが
熱くも冷たくもない
そして火傷もしない

これがコインの表裏に囚われず
コイン自体を俯瞰するということだ

そしてたき火に近づきながらも
熱さを俯瞰できるようになったとき
あなたは観照のエリアにある

つまり「熱い」を見ているのだ

頭で念じたところで
目の前に缶ジュースは現れない
だがコンビニに出向いて
金を払い持ち帰ったら
そこに缶ジュースがある

一見当たり前過ぎて
バカバカしさを感じること

これまでどれだけのことを
「当たり前」というフィルターを通して
見ていたかに気が付くとき
あなたはマスターとなる

 

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