いつも危険でありなさい

そこにいる限り、ずっとそこだ
1年経っても50年経っても
あなたは同じ場所にいる

「そこ」とは
あなたの現在の価値観や判断のこと
一生を終えるとき
なんてつまらない人生だったのだろう
そう思いたくないのならば動き続けなさい

「これはたぶんこうなるから危険」
「こいつは私を利用しようとしている」
そういう詮索をやめるということだ

常に危なっかしく生きていきなさい
いつも違う場所にいるようにしなさい

思考を挟むことなく
到来した出来事に流れていく
マインドの計算を無視して
ただ素直に起こる出来事に身を委ねる

簡単なことだよ
それだけであなたの「生」は燃え上がる
これぞ「生きている!」だ

あなたは誰とでも知り合えるし
沢山の恋愛をするだろう
沢山のビジネスをするだろう
沢山の喜びや悲しみを体験するだろう

それが醍醐味というやつだ

 

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コメント・質疑応答

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  1. カズ より:

    それしか言いようがないかも知れないのは分かるが語彙力もなく頭も悪いので手記にある例えでは理解出来ない…。
    流されるというのはどういうことなのか。
    思考を挟まない、例えばどう考えても詐欺っぽいなという電話があったとする。それは逆らわない、ということであれば他人(ここでは自分なのだろう)が
    振り込んでほしいという指示に従うということなのか。全て自分のとりようだから善悪はないと。
    それすらも見ているだけ。映写機の光だからあなたは傷つかない。確かにその理屈ではそうだろう。
    それであれば決まったレールをただ眺めるだけの無味乾燥な人生になるのではないだろうか。
    それでは何をどうしようがいい人生だったなどとは思えない。
    じゃあ流行りの引き寄せだので思う存分生きてる人はなんなのか?
    生み出しのはあなただ、で終わってしまうのか。
    ある記事ではポジティブに見れば良いというようなこともあれば、善悪はない、在り方だともある。
    少ない脳みそでは理解が出来ない。
    つまるところ、目の前に人参をぶら下げて走り続けて疲弊していくだけのようにしか思えない。
    それでもそれをあなたが望んだから全ていいのだ、になるのか。
    どんな状況であれ無理やり幸せと思っていればいいのだろうか。
    特別な人だけが悟りそれ以外は淘汰される。
    よく言う潜在意識が投影されるということだが、潜在意識が何を考えてるのか分からない以上、操り人形で終わる人生にしか思えないのですが…。
    考えが陳腐なのだろうが、手記を読めば読むほど意味がわからない。

    • 普通さん より:

      いや、そりゃ試練とか聞こえはいいけど、そりゃ「危険」は嫌ですよね。

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