思考の現実化

思考は現実化する
その通りだ
そもそも「現実」が思考なのだから
当たり前の話である

すべてにポジティブを与えるならば
あなたの世界はポジティブだ
それまで重く辛い出来事だと捉えていたものが
今では笑い飛ばせる出来事だ

あなたはその世界をどう色付けているのか
ただそれだけのこと

「思考は現実化する」のような
表面的な話よりも奥深いところに入ろう

以前の記述
すべては思い込みであることを書いた
すべて思い込みだ
幸せ、不幸、空、雲、犬、猫、時間、温度、
あなたの思い込みでそれらは浮き上がってくる
例えば、猫は実際、猫ではない
猫という名前を与えず
そして猫が目の前を歩いている空間、
つまり空間から猫を分離して見ることをしなければ
猫は実在しない
ただ「シーン」があるだけとなる

シーン、それは「いま」のことだ
あなたは不幸だろう
だが「いま」はどうだ?
たったいま、だよ
人間は「いま」は絶対に不幸にはなれない
不幸というものは、未来、過去への妄想によるものだから
決していま、不幸にはなれないのである

では、あなたが「いま」を継続して
生きていったらどうなるのか
無論、一生不幸は訪れない
不幸はあなたを捕まえることはできなくなる
さらに「いま」には未来もないから期待もない
だから一生を通じて期待も不幸もない
ただ「いま」というシーンが
いつもそこにあることになる

可能な限り継続させる

それが永続したとき、
あなたはすべてを超越するだろう
常に「いま」であることを悟り
いま、それはその時に感じている
シーンそのものであり
そこには分離した何かがあるわけではなく
それは今までそう思い込んでいただけだと
わかるのだ

あなたが「いま」を永続させると不幸がないから
すべて取り去った後に残る
「充足」を見ることになる
満たされた世界が出現する

その時だ「思い込み」が役に立ってくる

あなたが「金持ちである自分」に意識を向ければ
あなたが金持ちであるシーンが生まれてくる
「苦労したい自分」に意識を向ければ
苦労だらけのシーンが生まれてくる
その世界にだ

実際、いままでもそうだったが
あなたは気付かなかった
どこかの本で読んだぐらいじゃ
とても信じられなかった
だから「信じられないというシーン」が
その世界に溢れ出ていたのだ

だけどもあなたが「いま」を永続させるとき
その「秘密」がリアルなものであると実感する
そして自ずとシーンこそが、あなたであり
それを味わっている者は
実在しないということもわかってくる

人生とは生命のことだ
あなたはあなた以外のすべて
それがあなただったのだ
だからエゴのあなたは
いつもあなたに包まれていた
まあ、色々なことがわかってくるだろう

シンクロニシティは
もはやシンクロニシティにあらず
悟りはもはや悟りにあらず
出来事に意味はあらず
人生には何の価値もない

ただただ、それがそのままそこにあっただけ

禅の世界では
笑いやジョークで問答が締められる
その通りだ
何を真剣に悩んでいたのか
悩むことなどなかったのだよ

答えを見出そうとすることなどなかったのだ
それがそのままそこにある
「簡単」すら超越している

まずは「いま」に入りそれを続けなさい
不安になったりするならば
それは「いま」から外れている
だからまた入ればいい

 

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  1. 普通さん より:

    「時間はかかりますね」
    あんまシャレならないんですけど…。

    • 普通さん より:

      >>抱きしめた命の形、その夢に目覚めた時
      誰よりも光を放つ少年よ神話になれ
      ttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=58075
      引用元。

      つかまあアナログ、今の環境は本当に穏やかそのものだから安心妄想できるけど、これほんと、シャレならないですよ。
      探求結果でセカンドインパクトとか起こらないですよね?
      エンターテイメントは好きですが2次元専門でいってくれないかなぁやら。日常リアルは普通なのにフェイントしんどいし。

    • 普通さん より:

      イタリアなんてイタ飯しかしらなかったのに「ランベルト男爵は二度生きる」なんてファンタジー文学をサン・ジュリオ島から知ったり。
      そのうちの一文に巡り合って少し笑ったりはしたけれど、なんでかやっぱし「一定の方向に」導かれますね。
      「列車ってのは、ホラを吹きたいときにわざわざ乗ったりするもんですよ」

      あーもう。混乱と出たり入ったり迷ったり。自分はなんだったのか無視しても気になるし…。これ以上はご迷惑だから書き込み控えますが。
      今日はどーしたもんかなこれです…。
      ttp://kiseki-sushiki.jp/
      しつこいですが「奇跡がくれた数式」本当に「神」しか答えもってないんじゃないかな…と錯覚するくらい。

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