巨大なレコードが針を通り過ぎている

現実と「それ」との関係について
よく映画のスクリーンが比喩されるが
ターンテーブルの針もひとつの表現となる

ターンテーブルとはレコードを再生する機械だ
レコードが回転しそこへ針が乗る
針は同じ位置のままで
その針を通るレコードの溝が読み込まれていく
針を支えるアームは移動するが
針は固定された位置のままだ

ウパニシャッドいうところのアートマン、
“真我”を針としよう
アートマンは自我のことではない
真我が見ている世界、
つまり意識がアートマンだ

あなたの世界に起こるものを
「ただ見ているもの」がアートマンであり
その背景にある全体性がブラフマンだ
それを指として捉えるのか
それを手として捉えるのか
それとも
そのすべてが含まれたその空間そのものを
「それ」としてただ在るだけと見るのか
古代の経典では段階的な解釈が用いられている

 

あなたは日頃レコードの情報を見ている
あなたはレコードという広大で
先に何が起こるかわからない不安な世界を
自ら歩んでいると思い込んでいる

実際は違う
あなたは不変でいつも同じ場所にいる
あなたという「針」を
“レコードが通過している”のだ
これを理解できれば
あなたは時間を超越する

つまり針が溝を読んでいる、
まさに「その瞬間」だけが世界なのだよ

レコードの溝に記された情報は多岐に渡る
視界や音、足の裏の感触や気温、気分など
いわゆる「五感」が刻まれている

あなたは五感を読んでいるのだ
そこには何もなく
ただ五感を読み込んでいる
それも「瞬間」だけだ
過去も未来もなく
ただその瞬間だけを読み込んでいる

大切なのは己が
それらを読み込んでいる針であること
それを常に意識することだ
映画の比喩でいうスクリーン

では針を持ち上げたらどうなるだろう
世界は想起されず、
だが針は依然としてそこにある
それが熟睡だ
その熟睡を見据えてみなさい
五感がないから知ることはできない
なぜならば五感がないということは
世界が実在していないからだ

だけども、針を持ち上げた「その途切れた瞬間」はあった
それはもう一度レコードに針を置いたときに気付かれる
つまり熟睡から目覚めたときだ

しかし世界が「再生」されようとも
「停止」されようとも針は常に在る

針がレコードに置かれるとき
再び「瞬間」が連続して起こりだす
針を持ち上げるとき世界は停止する

つまり現実は断続するものであり
現れては消えていくものだ
変化とも言えるし
過ぎていくものとも言える
諸行無常のことだよ

日頃のあなたは
自らが進んでいると錯覚している
過ぎていくのは世界の方だと悟りなさい

現実は断続するが
真我は永続している
針はずっとそこにあるからね
常にスタンバイされている
針をレコードに置くと
世界が再生される
針を持ち上げると
世界は停止する

動いているのはレコードで
あなたは同じ場所にいる

レコードの中で水の音があろうが
針は濡れない
現実のあなたは社会で何か酷い目に遭って
傷付いたとしているが
それはただのイメージだ
実際は、針は濡れていない

幸福や不幸というのは
その「イメージ」だ
本当にそこにあるのは
レコードと針、
そしてターンテーブル、ブラフマンだ
その再生環境を「再生」「環境」としてではなく
ただひとつの現象として実在するものが
つまり「それ」だ

これからはこのように生きてみると良い

まず、針を常に意識することだ
レコードは読み続けられるが
「針が読んでいる」ということをいつも意識する
つまり双方向の視野がいつもあるようにする
何かに指をさして物を見るとき
同時にそれを見ている自分にも指をさしなさい

レコードを読み込んでいるが
それは針が読み込んでいる
この認識が「瞬間」を知るに至る
まるで紙芝居のように現実が見えてくるようになる
その時、あなたは時間に縛られなくなる
というよりも
時間などありもしない妄想だったことが理解できる

時間から超越したあなたは「自由」を獲得する
そして現実とは
「ただそこで起こっている瞬間のもの」
つまりヴィジョンであることを悟る

目の前に広がる光景、出来事もそうだが
あなたの肉体も、あなたの思考も
そのすべてが「レコード」による再生であることを知る
再生されたヴィジョンからのイメージ、
それが自我だ
すでにあなたは「自我はイメージである」とわかる
だから如何様にも世界を捉えることができる

そこまででも素晴らしい
だがそれら一連の体験が
すべて「認識」の上に成り立っていたことに
気付いたとき
つまり理解を得て、また理解を得て、
そうして獲得し続けた先に、
すべてが箱庭の茶番劇だったと悟るとき
すべてが巨大なレコードの単なる再生だったと気付くとき
あなたは体験も理解も超えてただの空間となる
ワンネスでも梵我一如でも言葉はなんでもいい

ただの空間となる

最初からそこにいたのだ
知る必要も得る必要もなかったし
探す努力もいらなかった
最初から目的地にいたのだよ

あなたはすでにゴールにいる
それがすべてなのだ
だからそのままで良いのだ

 

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