人と関わっていくために大事なもの

相手の目を見れない
そんなことはないだろうか
まっすぐに相手をみて
話をすることができないみたいなね

たとえば奥さんや旦那さん
両親や兄弟姉妹
友人や恋人同士など

親しい相手なのに
一緒になにかをしていても
落ち着かずによそ見をしてしまう

照れというか
違和感というか
距離をつくろうとしてしまう

親しい間柄であるにも関わらず
妙な抵抗感を感じたりしていないかな

またはこういうのはどうだろう

親しい間柄のその人を
本当は大事にするつもりでいるのに

顔を見ればついつい
ケチをつけてしまう

夫婦や親子に多いかもね

悪いところばかりが目について
いつもイライラしてしまう

だから結局会話といえば小言ばかり
または普通に会話をしていても
内心はいつも苛立っていたりとか

あなたはどうだろうか

今日一日その大切な人に
「何を感じていたか」を
思い出してみるといい

ちょっと反省する気になってくるだろう

だけども
「自分は何を気にしているんだろう」と
考えるほどもやもやした感じが
増していくはずだ

やはり相手の汚点は確かにあるし
自分はそれについて指摘しただけだとね

つまり結局は
「もうちょっとしっかりしてくれたら」
なんて相手への要求で終わってしまう

でもいつになったら
この悠久の宇宙の偶然のなかで起きた
本当にかけがえのないその出会いについて
あなたはその大事な人との絆を
真に深めあうことができるのだろうか

小姑のようなくだらない小言で
その神秘を逃し続けるのだろうか

どうしてあなたは
何かが言いたくなるのだろう
どうして相手の落ち度が許せないのだろう

さてこれらの「よくある傾向」について
もちろんそれらの原因と
解決法はあとで述べるけども
最初に言っておかなければならないのは

その大切な人と
「ちゃんと触れ合えない」ことが
やがて取り返しのつかない後悔に
襲われることになるということだ

なぜならいまどれだけ心のなかで
「相手をちゃんと思っている」としても
いつかその人がいなくなったとき

あなたは「その人の立場」になって
自分のやってきたことを
振り返ることになるからだ

なんで自分はあんなに
よそよそしい態度を取り続けていたのか

いったい何をこだわっていたのか

なにを恐れていたのか

そんな罪を背負って
生きていかなきゃならなくなる

 

1.

仕事の顧客なども
ちゃんと相手の目をみなきゃ
誠意は伝わらないだろう

あなたは自分が相手を見ていることで
相手に不快感があるのではと
そういう理由を掲げているかもしれないが
「本当の理由」はもっと深いところにある

たとえば逆にあなたが
客の立場で買い物をするとき
店員がとても丁寧に対応してくれたとしよう
だがその店員はあなたを一切見ずに
始終違う方向をみながら微笑んでいる

あなたが店員に目を合わそうとしても
すぐにどこか違うところを見る

そんな様子で厚い感謝を述べられても
なんだかすっきりしない

そのとき思うのは客の自分に
何かおかしいところがあったのかな
ということではなく
この店員に対する心配のはずだ

つまりあなたが相手を
まじまじと見つめることで
相手に不快感を与えていると思うなら
それは正しくはない

正しくないのだけども
それを正しいと思っているから
トラブルが起こりやすくなる

確かに目が合ったとか合わないとかで
喧嘩に発展する人たちがいる
あなたもそんなことを
心配しているのかもしれない

だがそういう彼らはあなたと「同様」に
普段相手をまっすぐに見れないから
そうなるのだ

つまり「見ること」の意味を
間違えている

彼らにとってそれは「威嚇」であり
そして「威嚇されていること」でしかない

触れば爆発しそうな
誰に対しても常に攻撃的な者も
その真逆にいつもオドオドして
人を避けている者というのは
根本的に同じ性質にあるということだ

あなたもいつからか「見ること」が
そのように結びついてしまっているから
相手を正面から見ることができなくなってしまった

でも先に話したように
やがては後悔と罪を背負うことになる

私も以前に対人関係を克服するために
克服というよりもそのを解明するために

そしてまた親しい人々との絆を
しっかりと刻みつけておきたい思いから
すべての人々から
「目を離さない訓練」をしたことがある

だがそのすべては失敗した

チンピラ風の男に胸ぐらを掴まれ
女性には不審者扱いされ
また妻を正面から見ようとするほど
彼女との関係に違和感が生じてしまう

買い物での店員とのやりとりも
常に「引っかかり」が起こって
スムーズに交渉が流れない

それはそれまで自分が距離感をつくりながら
他者と接してきたことの反動なのか
それとも何か「別の理由」があるからなのか
その時点ではまだ掴めていなかった

そんなわけで
ますます他人を「見ること」が
困難になっていった

だがこの失敗を繰り返したことが
後への大きな功績となったのである

そこにある階段をどうすれば
うまく登れるかばかりを考えていたが
転んだときに階段は崩れ去り
すべては「平地の上にある」ということを
学ぶことができたからね

 

2.

つまり私がやろうとしていたのは
自分を相手の上に乗っけること

その支配で
他者の目を克服しようとしていたのだ

じゃあ何が足りないのだろう

つまり私がやろうとしていた支配の
「逆のもの」が足りないのだ

それはなんだ?

また当初のように
距離をつくること?

そうじゃない

支配しようとすることも
逃げようとすることも
さっき話した脅威を与える者と
脅威を与えられる者と同様に
それは「同じこと」をやっている

 

さあこれがその答えだ
簡単だから覚えておきなさい

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  1. mhayata より:
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