第六感をものにする

人間をものすごく抽象化してみてたら
口と肛門しかない、
いわば摂取と排泄の1本の管となる

もちろん尿道口や汗腺でもいい
肺における空気の出入りでもいい

つまりインアンドアウト

私たちは自然が通過していく
ごくシンプルなパイプだということだ

大地に生えてる「管」だと
いってもいいだろう

実際、口から食道、胃や腸、
そして肛門までの消化管は
空間的に見ればそれは「体内」ではない

食べ物はその中空の穴を通るなかで
途中の粘膜で分解され
壁の向こうに引きずり込まれるように
その栄養素だけを吸収される

つまり口から摂取された食べ物は
新幹線のワゴンサービスのように
一本のルートを進みながら
乗客に弁当や飲料を提供しつつ
飲食後の弁当パックや空瓶だけが残される
人体でいえばそれが「排泄物」というわけだ

このように生物学的にみれば
胃腸の中は「外部」とみなすことができる
また子宮内も同様に
おなかの赤ちゃんも厳密には身体の外側
この「恵み豊かな大地のなか」で
生を授かっているのである

つまり自然全体としてみてみれば
ただ循環しているだけの光景がある

だから私たちのみている現実とは
尺度」の問題でしかないのだ

どの範囲をみるか
いわば顕微鏡のズームハンドルを
どの倍率に設定するか

そのダイヤルの加減で
人間という一人の存在がみえたり
社会という一個の存在がみえたり
自然全体という単体がみえたりする

この尺度(スケーリング)の感覚を
日頃から備えているといい
これがすべての謎を解く鍵となる

たとえばこの世が三次元であるのは
「尺度による現象」にすぎない
つまり人間の感覚器官は
いまそこであなたが見えたり聞こえたり
している「倍率」に固定されている

だから物理的に「見えるもの」や
「確かめたりできるもの」は
その尺度の枠を超えることができない

どんな最先端の科学も
「人間の目」で実証されるし
社会的などんな理屈も
人間の五感的な感覚が前提にある

それらはすなわち
「三次元空間という倍率」での見解であり
人間だけがみている「現象」なのだ

生命としてもそうだし
人間関係やビジネスなんかもそう
またいま自分が直面している問題は
本当は問題でも何でもない

ダイヤルの目盛りが
「人間」のマークに合わせられてるだけ
そのときにこの現実が姿をみせているのだ

 

ブレーキを解除する

では人間世界をどのように向き合って
生きていくのがいいのだろうか

私たちの物理的な感覚器官は
この人間世界の次元しか知覚できないゆえに
ひたすら忍耐をし続けるだけしかないのだろうか

いいや、そうじゃない
さっきのスケーリングの理解がいきてくる

つまり気軽にハッピーに
そしてあらゆる実現を叶えていくには
ただひとつの選択しかない

それは単純に

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