新しい時代へ

スピリチュアルな文献は多いけども、実際の現実生活と照らし合わせたときに、あまりにそれはかけ離れた話にみえる。もちろんそれだけ真理とかけ離れた世界を自ら生み出しているからなのだがね。

だがそうして「大いなるひとつ」から離れた世界で、どれだけ真理を探し求めてもなにも見つけることはできない。せいぜい「そういうものがあるらしい」と想像するしかない。

だが気づかなければならないのは、どうしてあなたがいまそこにいるのか、という根源的な問いである。なぜあなたは存在し、なぜその世界があるのか。どうして見聞きしたり知ることのできる世界がここにあるのか。どうして絶望したり希望をもったり、そのように常に変化し続けるのか。

そしてなにより、いったい何の目的で自分は生まれてきたのか。どういう意味をもって、親しい人たちと出会うことになったのか。

大半の人は毎日の暮らしに追い詰められて、そんなことを悠長に考えているひまもない。金銭問題や人間関係など常につきまとう不安や焦りから逃れるために、その解決のために生きている。

だがどうして追い詰められているのだろう? その元を断たなければ同じことを繰り返していくだけなのだ。

1.

常識的にはやがてあなたは死ぬらしいが、ではその死を目前にしたときになにを思うのだろう。この現実世界に巻き込まれ続けるなかで、だんだんそのことが気になりはじめる。そうして縁から縁へとたどり、やがてスピリチュアルにたどり着いた。

だがそこにはあなたが知りたかった解決法など示されていない。そればかりか「解決しようとするな」とまで言われる。それが本当の解決なのだと押し返される。

つまりこれまで常識だと考えていたすべてがひっくり返される。ますますあなたは混乱する。教え方や表現は様々だけども、結局はどこへいっても同じことを言われ続けていることに気づく。

まるで何かの同盟のようなものがあって、裏で手が回っているみたいだと思うだろう。どうして時代も国も宗教も文明も飛び越えて、みんな同じことを言っているのかとね。

だが本当に気づかなければならないのは、すべてが口裏を合わせているということよりも、あなたがこれまでの人生で向き合ってきた様々なことは、実は「たったひとつのもの」だったということなのだ。

2.

子供の頃好きだったおもちゃも、オネショをしたことも、友達とケンカをしたことも、家族と交わしてきた会話も、いまこれを読んでいることも、あなたはずっと「同じひとつ」に触れ続けているのである。

物事にこだわるほどその背後にある「ひとつ」が見えなくなってしまう。逆に物事にこだわらなくなるほどその物事はどんどん透けて、その背後にある「すべてと連続しているひとつ」を感じ取ることができるようになる。

どうして毎日の暮らしに追い詰められているのかといえば、あなたが自らその現実を色濃くしてしまっているからだ。シンプルに暮らすということは、勘違いしたミニマリストのように「シンプルさにこだわる」ということではなく、物事に深刻にならないということにある。

そのシンプリシティが本当の豊かな世界を現前させる。

豊かだといわれるこの国で、どうして大変な人生になっているのかといえば、それは「選択を間違えたから」とか「お金が足りない」といったことが直接の原因ではない。それらは結果的にそうなっているのであって原因は別のところにある。

それは何かといえば、無知と誤解である。

人生に対する無知と誤解により、しなくてもよい心配に振り回されていたり、また必要以上にお金を得なければならない状態に陥っていたりして、本来の人生の歓びを感じる余裕もなく、ただ追い詰められて生きている様子にある。

3.

私もかつては豪華な暮らしがすべてだと思っていた。それが豊かさだと思い込んでいた。家族の喜びはそれが満たされてこそだと思っていた。そうなれるようにと頑張っていた。

だがいまは違う。質素ゆえに自由だ。自発的にそうしているゆえに、経済的、時間的な自由をつかむことができた。

以前生活が困窮していた頃、経済的な問いを探求していたときに、アメリカインディアンやオーストラリアなどの定住民族の文化の研究にたどり着いた。

19世紀のロンドンやニューヨークといった文明社会で暮らす人々が、豪華で快適な暮らしのために高い賃料を払って、そのために仕事や生活に追い詰められているのに対し、同時期の未開民族は、そういうものを持たずに安泰に暮らしていた。

それは世間体に関わるすべての贅沢品について言えることだ。そうしたものをたくさん得ている文明人ほど貧しく、逆にそれらをもたない未開人ほど富に満ちている。

もちろん原っぱで裸で寝転がれということではない。そうではなく、社会的な価値観を信じ込んで己の本来的な自由が阻害されていることに気づかなければならないということにある。

4.

確かに生活をしていくには、衣食住の3つは最低限必要となる。だがそれは生物的に確保すべきものであって、そのことだけに生きていても、人間の精神が満たされることはない。人間は動物とは違い理性を備えている。つまり幸福や不幸という概念の世界を生きているからだ。

働いて帰宅して風呂に入って寝るだけ。たまの休みにはお決まりのコースで散財し、また一週間がはじまる。

そんな暮らしでは、蓄積された精神エネルギーは完全に蕩尽することはなく、その余剰分の浄化の欲求によって、必要以上の贅沢品に手を出すことになる。だがいくら高級な住まいで暮らしたところで、一週間のサイクルは変わらない。

そればかりか以前にも増して生活コストは上昇し、より首を締め付けることになる。だが人間精神における喜びや楽しみというのは、それらが満たされた「さらに上に」飛躍されるものである。

つまり衣食住とは肉体レベルの要求であり、それはもちろん大地のサイクルと同化する努力はするべきであるが、精神的な要求はそこに留めてはならないということに、当時の私は気がついたのだ。

それに気づかない限り、お金はいくらあってもまったく足りないのである。

5.

人生を歩んでいくには2つの道がある。

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