お地蔵さん

毎朝の仕事に向かっていた道の傍に
やぐらに囲われたお地蔵さんがあって

この手の地蔵菩薩というのは
地域の住民を見守る存在として
丁寧に祀られているのだけども

当時の私はその前を通るたびに
日頃の感謝と
直面してる問題が無事解消しますようにと
心で願いを伝えていた

悩みの種とはもちろん
いまの状況から自分を救わねばならないことや
身近な人が抱える問題もそう
それをどうにかしてやらないと
己も一緒に滅んでしまうようなね

常にそんな悩みの種があったわけだ

そうして解消したのかしてないのか
よくわからないままに月日が流れていって
やがてまた新しい問題にぶつかって
今度はそのことを地蔵に伝えている

そんな繰り返しだった

いつも前の願いを伝えていたときのほうが
いまより全然ましだったと思えたりするけども

もちろんその頃だって一寸先がみえなかったわけで
だからいまも同じ

つまりこの先にあるのは
別の問題がやってくることによって
いまの問題が薄れるということでしかなく

しかしそうなると
重大だと思えていた問題は
本当に重大だったのかとなる

ゆえに私は人生に対して
何か根本的な捉え直しが必要なのだと感じていた

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