人生を歩み直すために

後悔とはやってしまったことに
後から悔やむことだけども

その裏側には
「あのときこうしてれば」という思いがある

つまり選択はあったんだ

選択がなかったことに
後悔はできない

たまたま横を通り過ぎた車の跳ねた泥が
服を汚してしまったことに後悔はできない
選択の余地はなかったからだ

もちろんそこに至るまでには
無数の選択はあったのだろう

玄関のいつもの掃除を出かける前にやってれば
車とすれ違うタイミングがずれてたのに
とかね

つまり振り返って
選択ができてたところまで針を戻したときに
後悔は生まれる

 

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ところで「あのときこうしてれば」という後悔は
選択できていたもう一方を
「やり残している」ということでもある

一般に後悔とは過ぎ去った選択であり
結果がもう出てしまっているのだから
もうその選択は無用だと思いがちだが
それは後悔の”本質”をつかめていない

たしかに選択を間違えたことで
取り戻すことのできない何かが
生じてしまったかもしれない

苦労して得られたものが
感情に流されたせいで消えてしまったとか
軽はずみなことをして信用を失ったとか
そのうちやろうと考えていたのに
それができない体になってしまったとか
いろいろあるだろう

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