目を向けるべきもの

私もいま知ったのだけども、昨日の手記が今朝にかけて何度か改訂作業をしていたなかで、どうやら文字エラーになってしまったようで、サポートの方から一旦非表示にされてしまっているようだ。私も回復を待っている。

ただ、手記の内容が中途半端になってしまっているなかで多くのメールをいただいており、そのなかでも特にお金に関する箇所に対する質問が多くきているので、こちらに返信をまとめておくよ。

1.

昨日の手記はお金の謎が発端して世界全体の構造に気づいたという話だったので、お金そのものの話ではなかったのだけども(お金そのものについては別稿にてまとめておく)、ただ私たちが気づかなければならないのは、日頃信じているものが、実はなんの根拠もないということ、根拠だと思っていることがあっても、その根拠自体を探ってみれば、それには根拠がないということにある。

手記でも話したように、みんなが信じているものが真実になってしまうのが人間の世界であり、そしてその「信じきった世界」のなかにそれぞれの個人は出現している。

だからその意味では、信じるもなにも最初から「そのなか」に泡のようにして、私もあなたもすべての人々が現れているのだ。これもまた手記で話したように、過去の歴史のなかで現代の信念の「土台」となる大きな時代が2つあったことに起因する。

つまりお金がなんであるのかというより、人々が「信じていること」によってこの世界はできているということ、その世界に組み込まれるようにして私たちは現れていること、さらにはなんの根拠もない信念によって、人は苦悩し不幸を背負っていることにある。

2.

これは言い換えれば、お金に限らずどのような分野であれ、時の権力者が人々を信じさせれば、人間世界は意のままとなるということでもある。大きな意味では国家がそうであるし、小さな尺度でみれば、企業が作り出す流行(ファッションや娯楽など)などがそうだ。

以前の手記でも話したように、前史でその民衆支配に使われていたのが「文字」であり、現代では「メディア」となる。

あなたも勤務先の会社でマーケティングをして何かを企画したりしているならば、それは人々に信念を与えようとしているということであるし、また仲間内や家族間であっても、自分の言い分を相手に押し通して信じ込ませることによって、その環境のなかでの己のポジションは確定される。

どうしても逆らえない相手があなたの知り合いにいるならば、それもまたイデオロギーなのだ。

3.

だからこの泥沼から抜け出るには、

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コメント・質疑応答

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