マスターオブスピリット

禅問答では師匠と弟子が登場する
必ず登場する

師が弟子に難題を与える
その問いは非常に難しい
矛盾に満ちている
だからマインドが回答を
出すことはできない

本書宛てに「どうしたらいいですか?」
とよく質問を頂くが
私の言葉をマインドで解釈しようとも
それは不可能だ

今そこにある現実を
どうにかしようとすること

それは不可能だということを
最初に頭に入れておきなさい
できるのはそれをそのまま
認めることだけだ

私はあなたを「あなたの作った現実」から
救うことはできない
それはあなただけが
突破口を知っているからだ
だが私はあなたが何者なのかを
教えることはできる
今回の手記は
その辺りを踏まえたものとなる

さて禅に戻ろう
禅問答を注意して読んでみると
師も弟子も
それは特定の人物ではないことがわかる
つまり「人」ではない
月をさす指と同じ
道標のようなものを
師や弟子として表現しているのだ

もちろん現実世界には
人としての師弟関係もある
だがその弟子が「人」を超えるとき
ひとつの境地に到達するのだ
それがマスターオブスピリット
つまり師となる

師とは、世界のことだ
それは個人が制御できない
「未知」のことである
弟子とは、あなたのことだ
事象に判断や計算を行う「既知」のこと

師が「ゴール」だとすれば
個人が制御できない未知に
溶けるということを意味している
だが弟子は師の膝元にいる
つまりゴールということでもない
すでにそこにいるからだ

では何を受け取ればいいのかといえば
「悟り」を覚えるということに他ならない

悟りとは何か
それはとても簡単なことだ
この世の何よりも簡単なこと
それが悟りだ
誰にでもできる
誰にでも備わっている
最初からそうなのだ

例えば犬が歩いているとき
自分よりも巨大な猛獣と遭遇する
その怒号のような威嚇の声に
犬は縮こまってしまう
そして尻尾を巻いて一目散に逃げる

人間のあなたも逃げたことはある
だが犬のそれはストレートなものだ
あなたは違う
あらゆる算段の末に
やっと「逃げること」にする
そこに至るまでどんなドラマがあった?

「ここで逃げたら格好悪い」
「何事も逃げちゃだめだと教えられたし」
「もしかしたら逃げずに済むかもしれない」

あなたはとても恐ろしい
その現実に怯えながらも
マインドのジャッジを片時も離さない
そうしていよいよ目前に迫ってきた
モンスターはあなたの鼻先に立っている
もう逃げ場はない
考える余裕もない
すでにマインドは
あなたを見捨てて去って行った

こうして腹を括るときがきた
それはとてもビューティフルな光景だ
あなたは一切の損得や固執を捨て
その様子に魂を委ねている

状況とひとつになる

そうして腹を括ることを「覚悟」という
覚悟、つまり悟りを覚えるということだ

一体何が起こったのだろう?
あなたは一体何をして
悟りを覚えたのだろう?
実のところ「何もしなくなった」のだ

あなたは腹を括るまで
様々なドラマを仕立て上げていた
そしてどのドラマがいいか
その選択に迷っていた
どれかを選んだら
それを実行しなきゃならない
だが足は恐怖ですくんでいる

あなたが覚悟を決める直前、
マインドは去って行った
あなたを捨ててどこかに隠れてしまった
プライドも保身も希望も
何もかもを捨ててマインドは
どこかへ消えてしまった

そうしてあなたは、状況とひとつになる

モンスターに喰われるのかどうかすら
予測も判断もない
ただ目の前に怪物がいる
その様子をただ眺めている

マスターオブスピリット

それはマインドを超えた次元だ
あるがままに起きている様子
それがただそこにあること

だから常に腹を括っておけばいいのだよ
その意識を忘れないようにすることだ
腹を括りながら
世界と個人の様子を眺める
コトの起こりをただ眺めていく

何もしない、
ということを「する」のではなく
ただ起こるがままに
身体や思考を対応させていく
その自然な流れを許していく
逃げるときは犬のように
全身全霊で駆け抜ける
逃げること「そのもの」になる
どこに思考の猶予などあるのだろう?

状況はただそこにある
それ以外などないのだ
マインドは他の状況を探そうとする
そして嘘をつく
あなたと世界を騙そうとする
だが限界が来たとき
あなたは置いてけぼりを食らう

その絶望感が大きいほど
あなたは解放された気持ちになる
それほどにマインドの支配は強い
支配があなたの細部に至っていればいるほど
腹を括るとき
そのバグフィックスを堪能する

だから努力をするべきでもある
やれる苦労はどんどんやるべきでもある

なぜならばあなたが窮地に立ったとき
マインドが逃げていかないからだ
そうなればあなたは
現実というモンスターの胃袋で
身体が消化されて消滅するその最後まで
苦しみ続けるだろう
この世界でさまよう怨念となるかもしれない
それはわからない
だがそれは苦しいものだと想像には容易い

さて最後にもうひとつ

別の手記などで無為であれとよく伝えている
平たくいえば「何もしない」だ
だが多くの人はこれを勘違いしている

何もしない状態にあろうとするとき
あなたはそれをしているのだ

そうではなく
コトが起こる様子を許すことだ
それが無為であり
無為ながら行為が起こっているとなる

自己管理の法という連載の中で
「コトを起こすこと」を伝えているが
その神髄はコトの起こりを許すことにある
何かを始める、そういう言葉に
あなたが重さや抵抗感があるならば
それは「許していない」ということだ

いいかい、よく覚えておきなさい
あなたが何も抵抗せず
ただ起こりを許すとき
すべての「コト」は起こっていく
あなたは何もしていない
それほど簡単なことはないのだよ

それを止めようとすることが
途方もない努力や苦悩を生み出すのだ
そうではなく
ただ自然に起こる様を許す
流す

その境地を開くには前述の通り
覚悟の中に生きていく必要がある
それが鍵だ

悟りを開くには
人それぞれ多くの道があるが
つまり状況とひとつになること、
その当たり前でシンプルな様子に
身を置くだけのことなのだ

春になれば花が咲く
あなたは何もしない
勝手に草木は育って花が開く
あなたは何もしていない
ただその起こりを見た
見ようとしたのでもない
それを目撃したのだ

それが師と弟子の間に起こる
無為自然だ

弟子が疑問に解決を求めないとき
その起点となった物事と溶けていく

弟子は師となる

 

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コメント・質疑応答

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  1. meg より:

    初めまして。
    思考や感情をただ眺めていると、静寂の醍醐味を味わうようになりました。
    ピアノのコンサートに行って、音の向こう側にある静寂に気付き、検索でこのサイトに辿り着きました。

    今までは、何もしない=何もしない静かな時間
    でした。ここに書かれてある事を読んで、出来そうな気がして、三日前から実践を開始しました。
    頭の中の思考を書き出し、1日のスケジュールや家事の手順を書き出し、それに沿って行動する。
    一つずつ、静寂と共にただ動く。

    今までは、家事をしながら、思考や感情を眺めていると、漠然とした不安があり、ただ目の前のことに意識を向けるのが難しかったのですが、
    その原因と具体的な解決法が見つかって嬉しいです。

    行動する自分を眺めてみたいと思います。

    まだ初めて三日ですが、マインドが問題だと思っていた、反抗期の息子が、びっくりする程言うことを聞いてくれます。これも眺めてみようと思います。
    まだぼんやり解りかけている段階ですが、ここで学ばせてもらえる事に感謝しています。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>megさん
      そう、あなたの環境のすべては
      あなたが作っている
      作っているということすら起こっているのだ

      その起こりを押さえ込むことが
      あなたのネガティブとなる

      だからまずは起こるがままに流すことだ
      すべて流れていくと
      予想もしなかったものまで違う面を見せるようになる

      この「予想もしなかった」がポイントだよ
      それはあなたのマインドの想定外だ
      未知といわれるエリア
      すべてはそこからやってくるのだ

      あなたはその流れをずっと阻止してきた
      だから現実が代わり映えなく
      固定されたものとなっていた

      すべて流していきなさい

  2. meg より:

    ありがとうございます。

    これからは行動しながら流れを眺めます。
    いや、流れと一つになるのかな
    まだよくわかっていませんが
    やってみます

    • 自分 -涅槃- より:

      >>megさん
      ひとつ覚えておきなさい

      すべてはあなたの心の状態が
      その世界に投影されている

      だからあなたが穏やかであれば
      世界は幸せだ

      道ですれ違う子供たちも
      電車のサラリーマンも
      学生も
      あなたが幸せであれば
      みんな幸せになるのだよ

      みんなはあなたの中にある
      それを忘れないようにしなさい

  3. より:

    事の起こりを許すとは、破滅する覚悟を持てと言うことですね!
    破滅する 覚悟が無ければ事の起こりを許せない。

    • 自分 -涅槃- より:

      >鯤さん
      あなたはまだ思考の中にいる
      少しヒントを書いておこう

      破滅もなにもないのだよ
      だが破滅という概念をあなたが持てば
      あなたは破滅する

      マインドを捨てるとき一切の判断が消える
      目の前に虎が放たれたとしても
      それに付随する「記憶からの恐怖心」が起こらない
      つまり虎は怖いもの
      人を襲うかもしれない
      自分は食べられるかもしれない
      そういう思考が起こらなくなる
      だから「破滅」は消える

      破滅が消えるとき
      その人は破滅しなくなる

      だがこの話をあなたは
      プラスマイナスで聞いてしまうだろう
      あなたはそれを超えなければならない

      これはきっとこうで
      あれはこうだ
      以前これはこうだったからこうなる

      そういう思考回路を捨てる
      捨てない限りはそれは永久に付きまとう
      そしてその現実を生む

      思考が現実を生むという本が売れたようだが
      実際はそうではなく
      現実が思考の投影なのだ

      あなたが名門の尺八の一族に産まれたならば
      尺八とは切っても切れない人生となる
      だがそうでなければ尺八のイメージすら湧かない

      東京とアフガニスタン
      こちらでは可愛いメイクをして
      80年代に回帰しているようなファッションが流行だ
      とびきりの最先端で人混みを歩く
      だがあちらでは少女が体にC-4を巻き付けて
      人混みに突っ込む

      どちらも正義だ
      少女たちはその通りのマニュアルに沿って生きている
      だけどもどちらも儚さを感じてしまうのは
      当人たちがそれ以外の世界を知らないからだよ

      その世界のまま
      あるがままに生きている

      それは儚い
      まるでアスファルトの隙間から
      路上に咲いた綺麗な花のよう
      車に踏みつぶされてしまう
      だが花は咲いた

      マインドはね
      儚さから逃げてしまうのだ
      そんなものは嫌だと逃げてしまう
      どうも寂しいのが苦手なようでね

      それは不幸だと
      それは理不尽だと
      あいつはお前より楽に生きてると

      それをあなたに伝える
      あなたはそれに同意する

      だから儚くはならない
      決して自分だけが背負うものを認めない

      なぜだい?
      花は咲く
      車道に咲いている
      明るい照明に誘われた蛾は
      そこで命を落とす

      あなたはその肉体に宿った
      それは制限のあるもの
      ルックスも知能も豊かさも
      あなたの以上の人がいて
      その限界を常に感じている

      だがそれがなんなのだろう
      「生」とは一体なんなのかね?

      「そこにあるものを感じること」
      そのために自分以上の価値を求める必要がどこにある?
      あなたがアフガンで生まれたとしても
      蛾として生まれたとしても
      その生を味わうことが
      最上の至福なのだよ

  4. ONEPOINT より:

    悟りはとても簡単、最初から誰もが悟っている、などマスターはよく言います。
    しかし悟りが簡単で最初から悟っているなどと到底思えないのです。

    それとも私の考える「悟り」が単なる思い違いで
    苦しみに塗れながら生きることを「悟り」というのでしょうか?

    • 自分 -涅槃- より:

      >>ONEPOINTさん
      よろしい
      そこまで言うなら私も追記させてもらおう

      「悟るのは簡単だ とても簡単だ」

      あなたはとても複雑なことをして生きている
      それはわかるね?
      何をするにしてもマインドが邪魔をする
      奮発して高いカメラを手に入れた
      さあ写真を撮ろう
      どういう写真が一定のレベル以上なのだろう?
      どんな写真ならバカにされないのだろう?
      こうしてマインドがお出ましとなる

      異性に対してもそうだ
      声を掛けたい
      でもできない
      変に思われたらどうしよう
      自分はそんな軽い人間じゃない
      マインドはいつもあなたの側にいる

      悟りとは
      マインド不在のことを意味する

      好きなように写真を撮り
      全人類があなたの友人だ

      それが悟りとなる

      比喩ではなく
      本当にそれだけのことなのだよ
      何が難しいのだろう
      難しくしているのはあなた自身だ

      そのセッティングを
      イージーモードにすることが
      悟りとなる

      実にくだらないことなのだよ
      自分がどれだけ人生を難しくしていたか
      それを知ることがファーストステップとなる

    • ONEPOINT より:

      ありがとうございます。
      最近また上手くいかないことが多くて自棄になっていたのかもしれません。
      私の考えている「悟り」と同じで良かったです。
      そんな境地があるなら是非行ってみたいです。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>ONEPOINTさん
      悟りは求めて得るものではなく
      いま持っているものを捨てることにある

      持っているものとは
      「自分」のこと

      自分を捨てることで
      人は本来の状態に戻る

      そこにあるのは
      ○○という名前の自分でもなく
      ○○という性格の自分でもない

      自分を捨てるとき
      何が残ると思う?

      人が残るのだよ

      地球という星の上に
      植物やら動物やら
      そういうものを食べている肉体が生きている

      あなたが悟るとき
      それを見るだろう

  5. maychan より:

    私、自分の住む世界はかえられると思ってました。心の置き方しだいで。
    あきらめなければゆめは叶うってよくいいますよね。
    でも、望めば望むほど望みは遠ざかるともいいますよね。
    どっちなん?って思ってました。

    私が見てるこの世界は勝手に流れてる気がしてきました。
    流れてる風景を見てるだけのような気がします。
    テーブルにボールペンがあって、テレビがあって、花が飾られて、私以外の私を取りまく人たちが動いてる。
    ただそれだけかな。
    もうひとつ腑に落ちていませんが、頑張ってかえなくてもいい気がしています。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>maychanさん
      そう、変える必要などない
      そのあるがままを受け入れなさい

      あなたには人は人、猫は猫、食器は食器、
      そういうふうにすべては「カタチ」に見えているだろう

      少し難解かもしれないが
      カタチとは「言葉」なのだよ

      人間は言葉を使う
      言葉はその「空」から線引きをして個別のものとする
      個別とされたそのエリアはカタチを生み出してしまう

      あなたが言葉を捨てるとき
      言語障害とかそういうことではなく
      名称を与えないときだよ、

      あなたは自分を含めて世界がひとつに見えるようになる
      全部が繋がっており
      ただひとつの生命体であることがわかる

      つまりあなたで例えれば
      親指と髪、そして爪
      それらは形状も機能も違うが
      あなたを形成している部分たちだ
      どれが欠けてもあなたは機能しなくなる

      髪は切られる爪は切られる
      爪がある親指は常に動作を求められる
      それぞれに役割がある
      その役割の統合があなたという存在となっている

      これはただの比喩だが
      まあそんなところだ

      意味などないのだ
      ないということは、
      すべてが「意味そのもの」であることを「意味」する

      誰かがあなたに話しかける
      あなたはその話が聞こえる

      もうこれだけで
      ひとつの存在なのだよ

    • maychan より:

      言葉は縁取りの線でしょうか?
      白い画用紙に、自分の思う線を引いて色をつけて形にしていく。
      気に入らなければ、消しゴムで消せばいいですね?
      ずっと、35年前のあの感覚に辿り着かなくちゃと思ってきましたが、ちょっとどうでもいい気がしてきました。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>maychanさん

      その通り
      言葉とは縁取りの線
      「カタチ」のこと

      さらに言えば
      言葉とは「神」のことだ

      「生」とは何か考えたことはあるかね?
      つまり「生きているということ」についてだ

      生きているあなたと
      死んでしまった人との違いはなんだろう?
      死は自我を失うことを意味する
      だがそれは毎晩熟睡しているあなたも同じだ
      だからあなたは死を備えながら生きているとなる

      じゃあ「熟睡者」と昼間活動しているあなたの違いはなんだい?

      それはカタチの世界を感じられる、ということ
      まあ、スペシャルオプションのようなものだ

      カタチの世界とは何かといえば
      分離の世界、すなわち、言葉の世界のこと

      あなたが道を歩く
      そこにあるのは、道、街路樹、車、人々、自転車、騒音、
      気温に空気に匂いや刺激だ

      それらは本当はひとつのものであり
      その一面だけを見ればそのように分離される

      だから世界とは分離の結果なのだよ
      だからあなたは様々なことを体験できる
      分離を起こすためのマジックは簡単だ
      「言葉」を用いることだ

      言葉があなたに世界を作っている
      つまり世界創造の神の正体とは言葉なのだよ
      あなたは言葉を見ている
      あなたは言葉を聞いている

      そして言葉とはあなたが生み出すものだ
      すなわち、神とはあなたなのだよ

  6. 岩窟王 より:

    目の前に世界があって、体に当たる風を感じている。
    それだけなのかもしれない。

    そこに「何がしかの思い」が出てくる。
    そして、その「思いの世界」へ出てしまう。

    出たのを、また戻す。

    戻ったら、クリヤーで綺麗で、それしかない世界。
    ストレス無く、オートマチックに動いているみたいでスムーズな世界

    それにチャチャを入れているのは「思い」だけ。

    自分さんありがとう。
    今まで私に返してくれたコメントが一貫していたので気付きました。

    探求を止めるまで探求するものが出てくるって事に。

    私は今まで探し回ってきました。
    知りたい知りたい知りたい症候群でした。
    精神世界から始まって、アセンションやら、お金の仕組みやら、ユダヤ問題やら、大昔からの日本の隠された歴史やら、いろいろ探求してきました。

    探求している時点で「今」から出てしまっているのが分かっていても探求していました。

    これからは、探しに行くような事は止めようと思います。
    「1+1=」すらも起こらないように。

    でも今までのおかげで、この涅槃の書の凄さが分かります。
    「それ」そのものが記されているので、読むと「それ」に触れる事が出来ます。
    そして、そこまで引っ張り上げてくれます。

    私は本を読んだりした後に、それらしい体験を何度かした事があります。
    この前は涅槃の書を読んだ後でした。

    目をつむっているのに前が金色の状態で見えていたり、「今」に入ったのか、とにかくクリヤーでノイズが無く一歩中に入った様な感じになったり、目の前が活き活きと脈動したようになって、目の前が自分だ。と分かったり、この前の状態のように自分が消える。わたしはわたしに包まれている。というのも分かりました。

    でも、せっかくそうなっても、すぐに今までの状態と比べようとして、今までの状態を迎えに行ってしまいます。
    そして元通り。 いつも通り。

    でも、こんな体験もいらないのかもしれない。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>岩窟王さん
      >でも、こんな体験もいらないのかもしれない。

      よろしい
      起こりはその通りにあるのだ
      だが「体験している自分」とは自他分離の苦を前提とする

      例えば

      >体に当たる風を感じている。

      それではまだ「自分」と「風」がある
      そうではなく
      その関係性だけがあるのだよ

      それが真実
      よって「体験している自分」ではなく
      「体験」のみがある

      あなたが山道を歩いていると
      とても不思議で奇妙な木を見つけた
      どう考えても、そのような伸び方はしないはずだ
      あなたはそう受け取る

      この話にはどういう事実があるのだろう

      それは「木」でもなく
      見つけた「あなた」でもなく
      まして不思議を解決する答えでもない

      そこにあるのは
      「そのような伸び方はしないはずだ」だけだ

      さらにいえば
      「この文章を見ていること」だけがある

      そのように「いま起きていること」だけをフォーカスしなさい
      そうすれば到達は早い

  7. より:

    自分さんは、目標設定型の自己啓発をどう思いますか?
    流れを良くする方向に向かう可能性もあれば流れに思いっきり逆らっていく場合もありそうですが。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      目標設定型とはつまり
      トップダウン型のアプローチのことだ
      いわせてもらおう

      実にくだらない

      未来などありもしないのだよ
      どんな天才だろうと
      一度にできるのはひとつだけだ
      そのひとつが積み重なって
      どこかへ到着「していた」となる

      金持ちになろう、ではなく
      金持ちになっていた、だ

      流れを良くしようではなく
      流れが良くなっていた、だよ

      純粋にいましていることだけに目を向けていれば
      それが逆境だとか不調だとか
      そういう解釈すら起こらない

      だから常に「たったいま」だけを生きなさい
      それ以外には何もいらない
      それ以外などないのだよ

    • ONEPOINT より:

      目標設定型ということでコメントします。
      観照を続けていくとエゴ意識が薄まって行き「悟り」に到達すると
      言われていますが、
      これなど思いっきり目標達成型の発想だと思うのです。

      最初からみんな悟っているならば何もする必要はないと思うのですが
      何もしなければエゴ意識に塗れたままの人生。
      このパラドックスをどうやって超えるのでしょうか?

    • 自分 -涅槃- より:

      >>ONEPOINTさん

      >これなど思いっきり目標達成型の発想

      違うよ
      観照とは、あらゆるものを捨てていくことだ
      積み上げてきた「自分自身」を失うこと、となる

      ゆえに、悟りとはゴールという到達ではなく
      気がついたらそうなっていた、という到達だ

      あなたがある指示を受けて
      屋外で服を一枚ずつ脱いでいくことになった

      あなたは思う
      「こりゃ変態だな」
      「誰かに通報されたらどうしよう」
      「こんなことしてていいのだろうか」

      そういう「自分自身」を前提とした思考が起こる

      通行人があるたびに
      あなたは「恥ずかしい」とか「どうしよう」とか
      自分の中で様々な「演出」が起こるようになる
      それが日頃のあなたの状態

      そんな中、ふと気がつくのだ

      「寒い」とね

      あなたは寒いを求めていたわけじゃない
      もし求めていたら
      もっと寒さを追求するだろう

      だがこの起こった「寒い」は
      あなたの予期していなかったもの
      あなたが求めていなかったもの
      「寒い」がただそこに起こった

      あなたが求めずとも
      それはそこに起きた

      それはなんだろう

      この文を読み進めるだけではマインドが動き出す

      だが実際にこの体験を行っていたとき
      そこに現れた「寒い」にあなたは未知のものに包まれる

      それが悟りであり
      到達となる

      目標設定とはマインドの次元だ
      悟りとは未知の次元のことだよ

      あなたが「未知」をいまそこで体験すること
      それが恩寵と言われるものだ

  8. あの時の覚醒者 より:

    〉岩窟王さん

    僕も今あなたのレスを読んで同じような気持ちです
    最近何故か誰に対しての自分さんのレスも僕に対するレスのように感じてました

    僕も目を瞑った状態で黄金の何かに包まれたりと様々な体験を過去にし、それを探求し探求ループにはまってる己にウンザリしてたとこです(笑)
    なんかもう果てしなくきりが無い(笑)
    問いそのものが答えと自分さんは何度も繰り返してたのに、僕のエゴは探求ループをキープしようと懲りずに疑問と質問、答え合わせを繰り返してきました

    ちょうど今日これから僕デートなんですよ
    僕の人生一番のテーマ本当の愛を深めるイベント、つまりはデート
    そしてそれは僕が重要とするが故一番思考し抵抗し、コントロールをしてきた括りのイベントでもあるんです

    もう疲れました(笑)
    今さっき自分の肉体に、「お前本当は俺じゃないんだろ?もう好きにして良いぞ」「そんでこの思考も俺じゃないんだろ?今まで邪魔してごめんな、俺は今日一日観てるだけにするからお前ら身体も世界もみんな好きにしていーぞ」って言いました

    今日いわゆる在るがままってのを見物しに行きます
    アホな僕はまた何かを問い探求するかもしれないけど、それでも今日という全く新しい一歩を踏めた事に感謝します
    勿論それは、きっかけをくれた自分さんとおなたにも向けた感情です

    ありがとうございます、お互い未体験な楽しい風景観られたら良いですね

    • 自分 -涅槃- より:

      >>あの時の覚醒者さん

      いずれあなたも気がつくが
      すべてあなたなのだよ

      彼女もデートコースも関わった店員たちも
      コメントを書いている他者も
      そして「自分さん」も
      すべてあなたなのだよ

      あなたは「自分さん」という人に宛てて
      日々メッセージを書いたりしているようだが
      このジョークがわかるかね?

  9. 岩窟王 より:

    あの時の覚醒者 さん

    同じような方がいらっしゃったのは、なんだかうれしいです。

    これも自分さんからの返信で気付いたのですが、矛盾、矛盾、矛盾はあたりまえ。
    それがあるがまま。

    デート楽しんできてください~。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>岩窟王さん

      矛盾をそのまま受け入れることができたとき
      世界はそれまでと違った質を見せ始める

      それまでの常識が通らなくなる

      例えば
      「お金は働いて手に入るもの」
      そういうルールが消える

      何もしていないのにお金がある
      お金を使っているのに増えている
      そういう矛盾が普通のこととなる

      だがそれを求めてはいけない
      求めるとは矛盾を矛盾としているからだ

      あくまで
      ただそれがそのようにある
      そこに解決を持ち込まないことだ

  10. イボコロリ より:

    はじめまして、自分さん。
    手記を古いものから順番に3日掛けてここまで拝読させていただきました。
    今まで色々なところから仕入れたスピ知識という食材達が、自分さんの調理によって(私の中で)とうとう「それ」という料理に統合されようとしているように感じてます。
    例えが分かり難かったらすいませんw
    えーつまり、自分さんの手記を読み出してから急速に理解が進んでいるので非常に感謝です。

    何にせよ、こんなにも美しい世界を作ってくれた何処かの誰かさん、本当にありがとう。

    • 自分 -涅槃- より:

      イボコロリさん

      はじめまして
      3日で読んだとは驚いているよ

      このブログは引っ越しをしていてね
      前のレイアウトに合わせて書いていた手記が
      今回のデザインには少々読みづらい
      だから少しずつ修正をしている途中なのだが
      書いた本人の私ですらスローペースだ

      私は最近のスピリチュアル本はわからないが
      どのような教えでも共通している点がある
      それは、あなたがそこにいるということだ

      それを忘れないようにしなさい
      すべて、あなたにかかっているのだよ
      それは努力や苦労をしろということじゃない
      どんな人と関わっても
      あなたが良しとすれば
      その人は良しとなるのだ
      そうして世界を許してあげなさい
      すれば世界はあなたを許すだろう

      何処かの誰かさんよ
      こちらこそありがとう
      ハートは皆、あなたと同じなのだ

  11. 色即みっちゃん より:

    悟りと一体になる時…。

    悟り自体も消滅する…。

    そして…。

    日常に帰るのだ…。

    • -自分- 涅槃 より:

      色即みっちゃんさん
      その通り。すべては「ただひとつのもの」を分断して受け取っているに過ぎない。悟りとはカテゴライズをやめた先に見るものにある。つまり「悟り」も「非悟り」もどちらも同じものだったのだよ。

  12. 普通さん より:

    本当に、いちいち探さなくとも、ちゃんと今、感じてた疑問に答えではないが「答えに近い」関連づいた記事がさっと上がってくるのですよね…。

    だけど私はその「未知」への恐怖か深い。

コメント・質疑応答

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