現実という機械

「現実」というのは機械みたいなもので
たくさんの歯車が噛み合ってガタゴト動いている

たとえば会社で嫌なことがあって
もう行きたくないと選択したら
生活や未来のすべてに響いてくるだろう

繰り返すように現実というのは
無数の歯車で構成されたひとつの機械だからだ

仏教ではこれを因縁生起と呼んだわけで
つまりあなたの世界の”すべて”は
因果関係のメカニズムで動いているわけだね

だからこそ「新しい何かを得るには
これまでの何かを捨てなければならない」
なんてことがよくいわれる

それは当然のことであって
新しい形の歯車を入れたら
“これまでの全体”が動かなくなるからだ

 

人生の分かれ道

さてここで二択が出てくることになる

これまでの機械を維持するのか
それとも新しい機械を生み出すのか

これが”人生の分かれ道”でね

たとえばあなたが何かをはじめるとき
それが儲かるからとか
誰かのためになるからとか

そうした「既存の枠組みを維持する理由」で
何かをはじめても
結局は同じ現実が続くことになるのであり
人生はなにも変わらない

その場かぎりの変化があるだけで
また以前の様相に戻るだろう

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . ご入会や入会の詳しい内容はこちらから確認できます→ 会員について


Notes , , , , , ,

コメント・質疑応答

  関連記事

-->