誰もいない惑星で手紙を拾う
どんなにあなたを困らせた人も
その人が死んでしまったとき
いずれあなたはその人を通じて
つまりその人の遺影を前にして
結局人生で起きているすべてが
感謝しかないのだと悟ることになる
もちろんいまはそうではないだろう
たしかにこの「表面世界」では
“この世界なり”のやりとりがある
意見をぶつけあって喧嘩したり
互いに得することで喜びあったり
自分や自分の家族を守るために
安全を確保しようとする
だがそうした小競りあいや焦る気持ちは
誰かの遺影を前にしたとき
あなたが”ある違和感”を感じるほどに
ふっと消えてしまうんだ
ロウソクの炎に息を吹きかけたみたいにね
1
だが炎が消えた”ここ”には
なにがあるのだろう?
たとえばこの地球にあなた以外誰も存在せず
ずっとひとりで暮らしているとしようか
いつの間にか人々はいなくなっていた
高層ビルや食品スーパーをそのまま残して
人間の気配だけが消えた世界
静かで穏やかで
透き通っているガラス細工のように
空も森も光り輝いている
誰もいない
どこを探しても誰もみつからない
あるのは静まり返った光景だけ
何十年とこの無人の惑星にいるために
もはや人など
最初からいなかったような気さえする
さらにいえば腹を立てるとか
物事に焦ったり不安になるとか
少しでも得をしようとか
以前は当たり前にあっただろうと思われる感情が
どういうものだったのかも忘れてしまった
そんな暮らしが続いているある日
明るい夜空のきらきらした砂浜で
丁寧に折り畳まれた紙をみつける
誰かが書いた手紙だった
さざ波の優しい音に包まれて
あなたはそれを読んでみた
2
拝啓──
お変わりはありませんか?
私はとても元気です
あなたもご存知のように
すぐに元気になれることだけが
私の取り柄ですから
こないだもひとりで寂しく
食卓で食べているとき
以前あなたにご馳走していただいた
シチューの味や温もりを思い出して
よい気持ちになれました
あれは素敵な夜でした
大切な思い出のひとつになりました
ありがとう!
そんな思いに浸ってたら
手紙を書きたくなりましてね
次に会える日を楽しみにしています
とっても、とっても、楽しみにしてます
では!
──あなたを愛する私より
3
手紙を読みながら
あなたは懐かしいものを感じていた
そう、私もこのような人間だったんだ
こうやって胸に思いがあって
その思いを感じさせたり伝えたりする相手がいた
この人たちはこのあと幸せになったのかな?
そんなことを空想して少し楽しい気分になったが
だけどもその人たちは
もうどこにも存在しないことに
なんだか悲しくなった
じゃあこの手紙はなんだというのだろう?
日付をみたらどうやら百年ほど前に
書かれた手紙のようだった
というのは、いまがいつなのか
あなたは知らないからだ
スーパーに備蓄されてる商品の日付などから
おおよそを推定するしかない
だけども毎日まったく同じように
朝がきて夜がくる
その繰り返しのなかで
いまがいつであるのかなんて
どうでもよいことだった
時間が経過しているとは思えない
時間がなんなのかさえわからない
ただ思うのは
この手紙の主も
そしてシチューを作ってくれたらしい
その愛しい相手も
いったいどこへ消えてしまったのだろう
ということだけだ
4
さてこの話を単なるファンタジーに
受け取ってはならない
なぜなら
あなたが誰かの遺影を前にするとき
これとまったく同じ心境になるからだ
Notes あなたの世界, あなたの正体, いまここ, 他者, 存在, 宇宙, 愛, 真実, 観照
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